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  1. 名前: utilitackey --/--/--(--) --:--:--
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コメント

  1. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/20(水) 12:06:06 URL [ 編集 ]
    まず、僕のスタンス明らかにしておこう

    ②通常の自殺も安楽死も生じる苦に大きな違いはない
    (通常の自殺の方が首の骨を折るときの痛さとそれへの恐怖の分だけ苦が大きいだけだ…どちらも死それ自体への恐怖は同じだ)

    ③末期患者の安楽死を認めることはその患者に対する善であると同時に社会における善である
    (患者の功利を増加させ、また社会の功利の総和を増加させる)
     全ての人に安楽死を認めることは、自殺したい人に対してわずかながら善である、社会おいてはおそらく悪である

    ④末期患者を安楽死させることは、患者に対しても社会においても微妙
    意思のない末期患者を安楽死させることは、患者に対して善である
    また、その末期患者を生かしたいと思っている人がいない限りにおいて社会における善である

    ⑤自殺したくない欲求を大きくさせることは、その個人に対して悪である
    社会においては微妙
  2. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/20(水) 12:17:46 URL [ 編集 ]
    安楽死さん(仮)に反論していこう


    >骨折の痛みは大したことなくても、自分で自分の骨を折ることの難しさは並の人間が出来ることではありません。

    それは、その行為自体の苦ではなく、
    その行為の後に待つ「痛みあるいは死」への恐怖という名の苦を問題にしてるわけだよね
    とすると、首吊りであろうが書類へのサインであろうが
    後に待つ「痛みあるいは死」への恐怖というのは大した違いがなく
    首吊りの苦とサインの苦に大きな違いはないのではないだろうか
    首吊りに関するちゃんとした知識があれば、
    首吊りはできないが書類へのサインはできるというケースはあまりないと思う


    >しかし人はそんな長い目で見て行動を取ることはできません。
    >そんな気長な行動をするためには伝統が必要です。
    ここで「伝統」って言葉をだしてくるのはおもしろいね
    人は長い目で見て行動している(理性的)というよりも
    ただ、伝統(習慣)に従ってるということの方が多いって感じかな…

    ヘアの二層理論を思い出すね
    (人はまず直観レベルで判断し(義務論ちっく)
    次に批判レベルで判断する(功利主義的な再検討))
    けれども上で書いたように、
    直観レベルで首吊りはできないという人間のほとんどは
    直観レベルで書類へのサインもできないだろうと思う
  3. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/20(水) 14:31:57 URL [ 編集 ]
    ありがとうございます。そのままの名前をお使いしましょう。
    あのスレの※1000まで読みました。友達を自殺と事故で失い、自身も自殺未遂した方とのやり取りも見ましたが、私の考えはその方と似ています。

    >それは、その行為自体の苦ではなく、
    >その行為の後に待つ痛みあるいは死への恐怖という名の苦を問題にしてるわけだよね

    これが違うと思うのです。行為自体の問題ですし、そもそも苦の問題ではありません。
    行為の難易度の問題です。自分で自分の首を釣る行為は非常に難しい。これは自分で自分の体にすることだからということもあるでしょう。やったことがないからという理由もあるかも知れません。いずれにせよ、書類へのサインよりもずっと難しい行動です。この難しさはあなたが感じない上に、あの方とのやり取りをしても理解できないようでは、きっと何を言ってもわからないでしょうが、事実です。


    ヘアの二層理論は知りませんが、人は基本的に長い目で見る能力が乏しく、短い目で楽なことを選びます。
    しかし短期的利得を優先する方針は難しい行動ほど大きく、簡単な行動は長期的利得で判断することが出来ます。つまり書類にサインするほど簡単な行動の場合は論理的に、長期的に判断することが出来ます。
    つまり思い切った行動は後回しにしてしまい、今する以外に選択肢が無くなって初めて実行することができるのです。


    また、私は功利主義者ではありません。義務論を信じます。
    そのため、全てのひとに安楽死を認めることに対する倫理的評価についてあなたとは違う答えを出します。
    あなたの評価は:全ての人に安楽死を認めることは、自殺したい人に対してわずかながら善である、社会おいてはおそらく悪である
    つまり、安楽死を認めれば、安楽死者は苦しみから解放される代わりに、社会的には安楽死により死者が増え、家族などの苦しみが増えるなど、マイナス要素があり、社会的にはマイナスと言います。
    私は「人生はいつでもやめられる」という事実そのものに非常に大きな社会的価値があると思います。
    理由は義務論から来ていて、「やると決めたことのない活動はいつでも自由にやめる権利」があると思います。
    その権利は基礎的な権利で、人生という活動において、それが認められてないことは非常に大きな問題だと思います。
  4. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/20(水) 22:19:39 URL [ 編集 ]
    >>4
    >友達を自殺と事故で失い、自身も自殺未遂した方とのやり取りも見ましたが、私の考えはその方と似ています。
    自殺仏さんだね
    http://utilitarianism.blog109.fc2.com/blog-entry-23.html#entry-top
    これ以外にも書きこんでくれてる そのうちまた来てくれると思う)

    彼は、骨を折る痛みやそれへの恐怖は無視できる程度のものだが、
    死に対する恐怖はそれと違い無視できないほど大きなものだとみてると思う
    ということはおそらくサインをする行為にも首吊りと同じような大きな恐怖があると言うのではないだろうか…
    本人の意見が聞きたいね

    >いずれにせよ、書類へのサインよりもずっと難しい行動です。
    あくまで、僕の予想だけど…
    上で書いたとおり自殺仏さん的にも書類のサインと首吊りは大差がないんじゃないかな…
    utilitackey「両方、大した苦でなく簡単」
    自殺仏さん「両方、困難なことだ」
    って主張になるんじゃないかと思う
    安楽死さんは、骨を折る痛みや恐怖以外に、
    首吊りとサインのどこに違いを見いだしているのか…
    首吊りは難しく、サインは簡単である理由…
    それを教えてほしいな
    (言い返せば、サインをしたことがないからその難しさがわからないんじゃないか?)

    とりあえず前段だけ 後段もいい主張だなぁ
  5. 名前: 自殺仏 ◆JalddpaA 2011/04/20(水) 22:36:49 URL [ 編集 ]
    こんばんは!
    俺を名指しで指名していただいてうれしいです

    俺の意見は
    サインも首つりも苦痛だが(精神的に)
    サインは首つりに比べれば容易いと思います
    サイン>首つり


    安楽死は自殺ではなく、合法的な殺人だと考えています

    「死」それ自体の精神的苦痛は事故死も自殺も殺人も同じだが
    首吊りは最後まで自分でやらなければいけない
    安楽死は他人がやってくれる

    そこが大きな違いだと思います
  6. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/20(水) 22:50:03 URL [ 編集 ]
    >>6
    予想外れたwごめん(´・ω・`)

    >首吊りは最後まで自分でやらなければいけない
    >安楽死は他人がやってくれる
    しかし、サインは自分でやらなきゃいけないわけで
    サイン自体は簡単であるというなら
    ロープを結ぶことも、足を一歩前に出すのも簡単なことじゃないかと思う

    >安楽死は自殺ではなく、合法的な殺人だと考えています
    最終的に命を奪うのは医者だろうからってことだよね…
    おもしろい指摘だね
    【殺すことと見殺しにすること】
    http://utilitarianism.blog109.fc2.com/blog-entry-59.html
    これにも関わってきそうな話だと思う
  7. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/20(水) 23:20:18 URL [ 編集 ]
    >>4後段
    >私は「人生はいつでもやめられる」という事実そのものに非常に大きな社会的価値があると思います。
    >理由は義務論から来ていて、「やると決めたことのない活動はいつでも自由にやめる権利」があると思います。
    >その権利は基礎的な権利で、人生という活動において、それが認められてないことは非常に大きな問題だと思います

    なるほど とてもおもしろい
    上の②での立場上、僕としては、現状で既に「人生はいつでもやめられる」状態だと思ってるから、③ではこれが問題にならず、
    ⑤「人生をいつでもやめられないと教えることの善悪」が念頭に浮かぶ

    僕も、「人生はいつでもやめられる」ということに大きな価値があると思っている
    その理由は「基礎的な権利」だからではなく「当人の幸福に資するから」という形になる
    この違いからどういう相違が生まれるだろうか…
    僕としては以下の批判をしたい
    義務論批判A
    その「基礎的な権利」と他の「基礎的な権利」がぶつかった場合の
    調整原理がないじゃないかという批判
    (功利主義なら功利の量あるいは選好により調整する)
    義務論批判B
    それが「基礎的な権利」である根拠が不明
    (結局、功利主義的に、権利を認めるのはそれが当人の幸福に資するからとしか言えないのでは)
  8. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/21(木) 07:48:11 URL [ 編集 ]
    >>6と>>7で説明が付くかも知れません。

    >「死」それ自体の精神的苦痛は事故死も自殺も殺人も同じだが
    >首吊りは最後まで自分でやらなければいけない
    >安楽死は他人がやってくれる

    >サイン自体は簡単であるというなら
    >ロープを結ぶことも、足を一歩前に出すのも簡単なことじゃないかと思う

    その通りだと思います。サインは比較的簡単、ロープを結ぶことも簡単。
    足を一歩前に出すことも最後の一歩以外は簡単。
    難しいのは最後の最後、首をロープに巻いた後に宙に飛ぶこと、宙に足が出る最後の一歩、そして注射器を血管に刺した後、毒を注入するために親指で押すこと。
    「これをすれば最後」という事実のせいで、サインもロープを結ぶことなどに比べれば難しいでしょう。
    しかし上記に載せた3つの行動の難しさは「これをすれば最後」という認識が精神的のみならず、肉体的にもあるのです(厳密的にはこれも精神的かも知れませんが、体感的には肉体的ですし、恐らく魚類などと共通する現象です)。
    最後の方を他人に任せることによって難易度が大きく減少します。
    基本的にutilitackyさんと意見が食い違うのは自殺の難易度の意識だけです。
    これは感情的には語れませんからなかなか同意は出来ないでしょう。

    義務論と功利主義に関してはどちらも解決不能と思われる問題を抱えています。
    あなたの二つの批判も含むでしょう。
    ただBに関してはケースバイケースとして返事できます。今回の場合は「人生は参加することに同意していない活動だから」となります。参加することに同意していない活動をやめる権利がなぜあるかと聞きますと、人は参加する活動を選ぶ権利があるから、それが何故かと聞かれたらそれ以上は答えられません。「幸福を何のために増やすのか?」と聞かれても同じことになるでしょう。根本的な理由が一つになるか複数になるかの違いです。
    ここで意見が違っても、自殺と安楽死に関する場合は自殺の難易度という関係ない部分で意見が違うだけで、他は同意しています。
  9. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/21(木) 07:49:14 URL [ 編集 ]
    >>6
    >安楽死は自殺ではなく、合法的な殺人だと考えています

    どっちに書こうか迷ったけどここに書こう

    飢餓で死ぬ子どもを念頭においてみよう
    直接的に殺したのは食べ物を与えなかった親かもしれない
    けれども間接的に殺したのは僕らで
    親が食べ物を与えるという選択肢を持っていなかったなら
    真に殺したのは
    食べ物を与える選択肢を持っていたがそれをしなかった僕らだと思う

    次に、(健康な者の)安楽死の場合を考えてみよう
    直接的に殺したのは薬物を注入した医者かもしれない
    けれども死ぬという選択をしたのは自分であり、
    医者には選択肢がない
    真に自分を殺したのは自分であると思う
    だから、安楽死は自殺の一種なのだと…
    (…「自分で選択する安楽死は一種の自殺」とすべきだったかな)

    こういう言い方をしてもいいかもしれない
    安楽死させてくれるのがロボットだったとしても
    殺したのはロボットだと言うのだろうか
  10. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/21(木) 07:51:42 URL [ 編集 ]
    × 感情的には語れませんから
    ○ 感情的にしか語れませんから
  11. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/21(木) 07:55:01 URL [ 編集 ]
    >>10
    自殺仏さんの心は読めませんが、私と同じことを考えている場合、論点が違います。
    あなたは殺した責任などの話をしていますが、私達は他人の手に渡ることによって自分がやる必要がなくなり、難易度が減少することに関して話しています。ですからこちらの意味では殺すのはロボットです。たとえそのロボットが自作であっても。
  12. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/21(木) 08:18:02 URL [ 編集 ]
    >>9
    安楽死さんはおそらく人を刺し殺せない
    僕は刺し殺せる(日々殺していると自覚している)
    こういう違いも出てきそうだね
    そうであるなら【殺すことと見殺しにすることの倫理的評価】の議論に参加してもおもしろいんじゃないだろうか

    僕にはサインをする行為が
    ピタゴラスイッチのスイッチを押すようなものにみえている
    ピタゴラスイッチで死ぬのは簡単なのだろうか?
    おそらく「それは首吊りのように難しい」というだろう
    けれどもロボットならば簡単だとあなたは言う(>>10)
    医者はともかくロボットは明らかに
    ピタゴラスイッチのようなものだろう

    >「幸福を何のために増やすのか?」と聞かれても同じことになるでしょう。
    >根本的な理由が一つになるか複数になるかの違いです。
    なるほど、
    動物の行動原理から、幸福は増やすためのものであることが自明だと言うこともできなくはないが
    最終的にはどこから理論を組み立てるのかの「決断」が必要なわけで
    そういう意味で、功利主義にも根拠がないと言えそうだ
    とすれば、原理が複数になることの弊害(義務論批判A)だけが問題になるね

    >ここで意見が違っても、自殺と安楽死に関する場合は自殺の難易度という関係ない部分で意見が違うだけで、他は同意しています。
    僕は安楽死はあんまり自分(健康な人)の役に立たないと言ってるだけで
    積極的に反対してるわけじゃないものね
    「全ての人に安楽死を認めることは、社会おいてはおそらく悪である」
    これも「おそらく悪」っていう微妙な表現だしね
    だけど立法を目指すならこの部分こそが大事だよね
    「人は参加する活動を選ぶ権利がある」(自由主義?)
    とりあえず、これを認めよう
    しかしながら人には他の権利もある
    例えば、飢え死にしない権利(あるいは豊かな生活をおくる権利?)なんてものもありそうだ
    すべての人に安楽死を認めた場合、生産の減少に繋がり
    その権利を侵害される人が増えるだろうと僕は見る
    権利と権利が衝突してるよね
    原理が複数あると結論を出せない
    この点、功利主義なら功利の比較(憲法で言うところの比較衡量)をして結論を出すことになる
    その結論として僕はおそらく悪という主張をしてる
    安楽死さんは原理が複数あるのになぜか善と結論づけている
    これは安楽死さんの中に、自身が自覚していない統一的な原理があるということ示しているのではないだろうか
  13. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/21(木) 11:29:30 URL [ 編集 ]
    ピタゴラスイッチは知りません。しかし恐らくスイッチを押す行為なら比較的簡単でしょう、それはスイッチそのものは人体と繋がっていないものなので、挙げた例と違って人体そのものに行う行動ではありません。これは「これをすれば最後」という肉体的な認識の有無に影響を及ぼします。
    また、人を刺し殺す行動は難しいでしょうが自殺よりもずっと簡単です。自分の体には独特の抵抗があります。

    幸福最大化装置のスレが別々に立ててありますし、これはむしろ功利主義と義務論の話題ですが、ここで始めた話は今はここで続けます。続くようならスレ違いになるので移しますが。
    もし以下の話題が既に例のスレで出ていたならすみません。※1000までしか読んでいませんので。
    あなたは例のスレで、幸福最大化装置に入れれば、子供を作ることは無駄、人類がその世代で途絶えても問題ないと言いました。しかし功利主義で行けば、幸福最大化装置がある世界で人類を途絶えさせてはいけないとも言えます。なぜなら、子供を作り、子供も幸福最大化装置に入れれば子供も幸せな人生を送ることが出来、幸福の量が増えるからです。こうして幸福最大化装置を味わう人を出来る限り増やし、出来る限り長い期間人類を途絶えさせずに、人体も幸福最大化装置のために最適化させるように遺伝子などを操作し、最大幸福を最大人数、最大期間、最大効率で行う方が道徳的に正しいという結論も出せます。
    しかしあなたは幸福最大化装置を作った世代で人類が途絶えても良いと言いました。
    これはどうしてですか?功利主義にも功利の定義に関する複雑な問題があり、問題を抱えているのは義務論だけではありません。どちらもそれぞれ問題を抱えているというのが私の意見です。
  14. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/21(木) 12:36:47 URL [ 編集 ]
    >>14
    とすると…
    例えば、ボタンひとつで注射を押してくれる装置ならサインのように簡単だということでいいの?

    >後段
    いい指摘だね!
    【どの範囲において倫理的評価をするか(どの範囲の功利を考慮して善悪を判断するか)】
    http://utilitarianism.blog109.fc2.com/blog-entry-62.html#entry-top
    それは、この論点の応用になるね
    このスレは個別論点スレなので論点に沿った議論をしたい
    勝手ながら移動させてもらう
  15. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/21(木) 13:49:35 URL [ 編集 ]
    重要なのは「これをすれば最後」という肉体的な認識が自殺することを困難にしていることです。
    どうすればサインのように簡単になるかはそう簡単に定義できるものではないでしょう。
    曖昧なラインの議論など無意味です。サインは簡単、首吊りは難しいという両極端だけで十分です。
    よって今の社会には死にたければ自由に死ねる権利はありません。
  16. 名前: 自殺仏 ◆JalddpaA 2011/04/21(木) 20:18:55 URL [ 編集 ]
    安楽死の場合、薬物を注射する・点滴に混ぜるのは医者であり
    死ぬ判断・責任は自分が負うとしても行為をするのは医者です
    その意味で「殺人」と書きました(承諾殺人と書いた方が良かったかもしれません)
    つまり直接他者が自殺に関与できるかどうか、
    他者の関与があるほど死は容易になる


    ロボットの場合
    ピタゴラスイッチなら、ボタンを押すのと注射器を押すのとは時間的な猶予が変わるのみで本質は同じだと思います
    まあ、でも直感的に死を連想させないようにすればするほど、負担は減る・行為が容易になるのかもしれませんが

    ロボットがアトムみたいな場合は医者と同じでしょう


    サインが容易なのはサインが「死」を連想させにくい
    (サインを書くという行為は普段「死」とは関係が無い)
    サイン書けばあとは他者に任せれるから容易なのでしょう
  17. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/22(金) 03:31:05 URL [ 編集 ]
    2対1だねwめげないよ(`・ω・´)

    この議論はスレのテーマからいくと一見些末な問題に思えるかもしれないが、
    今の社会に、死にたければ自由に死ねる権利があるかどうかって問題に関わってくるとすると結構大事な論点かもね

    >>16
    >「これをすれば最後」という肉体的な認識
    これが何を意味するかはっきりさせたかったので
    いろいろな例を挙げさせてもらった

    >>17
    >サインが容易なのはサインが「死」を連想させにくい
    >(サインを書くという行為は普段「死」とは関係が無い)
    >サイン書けばあとは他者に任せれるから容易なのでしょう

    ふたりとも、サインは直観的に死を連想させないと主張している
    果たしてそうだろうか
    実際、目の前に、書類を出されたら、
    骨折の痛みやらの理由でなく首吊りを怖がるような人間は、
    書く事自体に震えるのではないだろうか
    安楽死のある世界では、安楽死用の書類はロープと同じように…
    むしろそれ以上に「死」を連想させるものになるのではないだろうか
    そうだとすれば、自殺仏さんには、
    安楽死であっても、「死」を連想させる行為をするのは、他人でなく自分であるともいえる

    またサイン即死ではなく時間的な猶予があるということは
    むしろその人を苦しめるのではないだろうか
    (余命宣告された人や、死刑を待つ身の囚人を想像するといいかな
    イキガミって漫画を思い出した)
  18. 名前: 自殺仏 ◆JalddpaA 2011/04/22(金) 04:16:02 URL [ 編集 ]
    >>2対1だねwめげないよ(`・ω・´)
              ぼっこぼこにしてやんよ!
         俺                 安楽死さん
        ∧_∧     .・,'∧_∧;,.     ∧_∧
       (´・ω・)=つ≡つ);;)ω(;;(⊂≡⊂=(・ω・`)
       (っ ≡つ=つ  (っ  ⊂)  ⊂=⊂≡ ⊂)
       /   ) ババババ | x | ババババ (   \
       ( / ̄∪       ∪ ̄ ∪       ∪ ̄\ )
                utilitackeyさん


    >>実際、目の前に、書類を出されたら、
    骨折の痛みやらの理由でなく首吊りを怖がるような人間は、
    書く事自体に震えるのではないだろうか 」


    震えると思いますよ。そしてしっかりとサインは死を連想させる
    しかし、サインを書く行為と首吊りの踏み出す一歩
    どちらが本能が顔を覗かせるでしょう
    冷静に功利を判断して、最後まで行為をやり遂げることができるのはどちらでしょう

    人間なんてわざわざ首吊らなくても、
    吐いた息吸わなければ死ねるんです
    では、何故わざわざ首を吊るんでしょう
    それは本能を抑えるため
    行為が複雑に・体が死を連想しなければしないほど
    死は容易くなる


    >>またサイン即死ではなく時間的な猶予があるということは
    むしろその人を苦しめるのではないだろうか
    (余命宣告された人や、死刑を待つ身の囚人を想像するといいかな
    イキガミって漫画を思い出した)

    それはありますね。幸福や苦痛はその瞬間ではなく、待つ時間にこそ感じる。とは思いますが、結局一番苦しい・難しいのは最後の瞬間です
    首吊りなら踏み出す一歩
    注射なら押す行為
    それを他人にやってもらうということは、死が容易くなり
    そういう意味で自殺より殺人に近いと言っています
  19. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/22(金) 05:47:29 URL [ 編集 ]
    >>19
    窒息は長い苦しみを伴うからね…
    しかもその過程で理性は弱まっていくわけで…
    そりゃあ難しい…不可能に近いだろう

    >震えると思いますよ。そしてしっかりとサインは死を連想させる
    >しかし、サインを書く行為と首吊りの踏み出す一歩
    >どちらが本能が顔を覗かせるでしょう
    おk、どちらが本能的な困難さ(安楽死さんのいう「肉体的な認識?」)を伴うかが一つの焦点になるわけだ
    もうひとつの焦点は、最後の瞬間を他人にまかせるかどうかってことだけど、これも他人にまかせるということは、本能的な困難さを減じるという点で意味があるのだと考えれば、結局のところ最初の一つの焦点に絞っていいのではないかと思う

    本能的な困難さについて
    僕:安楽死≒首吊り
    お二人:安楽死<<<<<<<<首吊り
    こういう違いがある
    本能的な困難さは性格のあり方であってどれが正しいという話ではないだろう
    それでもここで議論するのは、
    「今の社会に、死にたければ自由に死ねる権利があるかどうか」
    にこれが関わってるからだ
    僕は普通(多数)の人は、安楽死≒首吊りなのだから
    自由に死ねる権利があると言っている
    お二人は、普通の人はそうでないから、現状権利はないと主張する
    要するに多数か否かの予測をめぐって議論しているわけだ
    とすると、少数派になった状況は僕の状況はボッコボコだw

    しかし、忘れてはならないのは、自分らの性格が問題ではないということだ
    ここにおいてはその性格が多数であるか否かが問題なのだ
    もしかすると、その点若干の混同があるのではないだろうかと思う

    そこで、これを明確にするために問題を言い換えるなら
    この「多数か否かの予測」は、
    「安楽死を認めることによって、いままで首吊りが怖くて自殺できなかった人たちの多くが、自殺できるようになるかどうかの予測」といってもいいだろう
    (結局、寝たきりでもないような人に安楽死を認めることが、意味あるものかってことだね)

    僕は今度はサインが怖くなって相変わらずその人らの殆どは自殺できないだろうと考えるわけだけど
    二人は、安楽死ならその人らの殆どが自殺できると予測するのだろうか
    );;)ω(;;(
  20. 名前: 自殺仏 ◆JalddpaA 2011/04/22(金) 07:35:54 URL [ 編集 ]
    まず、多数決で決めるのは正しいだろうか?
    安楽死と首吊りどちらが容易いかこそ、科学で決めれると思う
    (肉体的な苦痛のみならず、精神的な容易さも)
    と、いうのは置いといて


    utilitackey さんはもし自殺するとして次のうちどの方法を取りますか?
    1、ガソリン被って火をつける
    2、首を包丁で切る
    3、ビルから飛び降りる
    4、首吊り(骨を折る場合)
    5、首吊り(頸動脈を塞ぐ場合)
    6、安楽死(寝てる間に医者に点滴に薬物を入れてもらう)

    きっと6番を選ぶはずです。もし違っても多くの人は6番を選ぶ
    それは6番は自分でやることはサインして入眠するだけだから、
    それに死の瞬間を感じない

    ここで、俺の実体験を書きます。
    俺は首吊り(頸動脈)と、安楽死と似たような経験をしました

    安楽死と似たような経験というのは、入院中の睡眠時に点滴の管が途中で外れ、血が逆流しベットが血だらけになっていたことがありました
    もし、この時看護婦さんが夜の見回りをサボっていたら、きっと俺は死んでいましたが、俺は看護婦さんに起こされるまで気がつきませんでした。
    このケースの場合俺はサインはしていませんが、容易く死ねます

    首吊りの時は、頸動脈を圧迫し失神する方法を取りましたが
    ロープを少し顎側にズラすだけで、首の筋肉で体重を支えれるので
    なかなか、難しい
    当時の事はよく覚えていませんが、少なくとも行為中に本能が介入する
    あと、ロープの強度を考えないと行為中にロープが伸びて、勝手に首にかかってる荷重が抜けるってのもありますw

    これは俺の場合なので、当てはまらない人もいるんでしょうが…


    utilitackey さんは首吊り=安楽死 と言っているので
    安楽死を認めても自殺者は増えないと予測している
    ならば、安楽死を肯定する必要もないが、否定する必要もないはずです
    では何故安楽死を否定・要らないと言いますか?
    無駄だから?
    少数かもしれないが、首吊りより安楽死の方が楽だと考えている人もいるのに?
    自殺者がより楽に死ねる。精神的負担が減る。 これは全体の功利が増えているのでは?


    多くの人が本能に理性で勝てるか?という問いについて
    俺は無理だと断言できる
    そしてもし勝てるなら、今の経済は成り立っていないとまで言える
    何故なら、俺はトレーダーですが市場参加者の8割、9割近くは勝てない。資金を減らしている
    それは馬鹿だからではなく、本能的に人は市場で勝てないようになっている。多くの人は本能によって負けていくと言い変えられる
    つまり、人の8割は本能に理性で勝てないといえる

    どうして、ホモエコノミクスというモデルは失敗に終わったのでしょう?
    utilitackey さんの仰るように人の理性が生存本能に打ち勝てるほど強く、合理的に行動できるのなら失敗しなかったはずです



    なら、安楽死で人は本能に勝てるか?というと
    俺はそれも無理だと思う
    しかし、自由に死ねる権利を手に入れる人は増えると思う


    >>二人は、安楽死ならその人らの殆どが自殺できると予測するのだろうか」

    全員は無理だが自殺できる人は増える・自由に死ねる権利を手に入れる人は増える  が俺の答えです


    争点は、理性が生存本能に勝てるか?になります
    俺は勝てない、安楽死を認めても死ねる人は増えるが、自殺願望のある人みんなが死ねるわけではない という意見です


    utilitackeyさんには人は生存本能を理性で打ち負かせると考える根拠を聞きたいです

  21. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/22(金) 18:27:05 URL [ 編集 ]
    >>21
    多数か否かの予測は、事実を巡る議論であり、多数決ではありませんね
    >少数派になった状況は僕の状況はボッコボコだw
    これはまあ自虐的な冗談ということで許してください

    >utilitackey さんはもし自殺するとして次のうちどの方法を取りますか?
    僕は、4をとると思います
    サインして寝るまでの時間を考えると
    多少、肉体的な痛みがあっても手っ取り早く死にたい
    6の場合、寝るという決断がまた恐怖なんじゃないだろうか
    首吊り出来ると思ってる僕でも多分限界まで寝れないだろう
    そうすると眠る薬でも打ってもらおうかという発想もできるけど
    そうなれば、眠る薬じゃなくて、
    安楽死させる薬を打ってもらってもかわらないんじゃないだろうか
    また、サインした後でもキャンセルを認めるなら
    時間的猶予があるというのは眠るときまでサインし続けるようなものなのでは?
    そうなると正気でいられるかどうかも怪しい
    理性的な人間でもキャンセルしてしまうんじゃないだろうか
    1や2は肉体的な苦痛が非常に大きいですし、3や5も4に比べれば大きい

    >安楽死と似たような経験というのは、入院中の睡眠時に点滴の管が途中で外れ、>血が逆流しベットが血だらけになっていたことがありました
    それは、容易く死ねるでしょうが、似ていないと思います
    サインという自身の決断がないのですから
    そんなことで容易いといえるのなら
    「あなたが何も知らず寝ている間に
    首にロープをつけて床を開けばあなたは容易く死ねる
    従って、首吊りは容易い」なんてことさえ言えるのではないでしょうか
    僕の主張は、多くの人にとって、安楽死のサインの困難さのレベルは首吊り並だと言うことです

    >安楽死を認めても自殺者は増えないと予測している
    >ならば、安楽死を肯定する必要もないが、否定する必要もないはずです
    通常の自殺(首吊り)に対する十分な知識のない人間の自殺は増えるだろう
    そういう人達に対して安楽死は善だろうが、
    安楽死を認めずとも、通常の自殺(首吊り)に対する十分な知識を教えることでその善はなせる
    (この情報化社会で、十分な知識を得ることが出来ないのは
    未熟であるか冷静な判断を失している精神状態にあるかのどちらかだろうということを考えれば、
    そういう人達を自殺させるのが、そういう人達に対して果たして善かと問うこともできよう)

    >これは全体の功利が増えているのでは?
    自殺者が増えることは、生産の減少などによる功利減少を生じさせ
    また無条件安楽死制度自体、命を軽視する雰囲気や弱者福祉の軽視などによる功利減少も生じさせ
    社会全体の功利をおそらく減少させるだろう(おそらく社会における悪だ)と考える

    >多くの人が本能に理性で勝てるか?という問いについて
    >俺は無理だと断言できる
    僕が主張しているのは、サインするにも首吊りと同程度の、
    本能的恐怖を感じるだろうということだ
    僕は、僕自身、首吊りやサインをするくらいの理性はある
    (あるいは本能的恐怖が弱い)とおもっているが
    出来ない人はたくさんいるだろう

    >>いままで首吊りが怖くて自殺できなかった人たちが死ねるようになるか
    >全員は無理だが自殺できる人は増える・自由に死ねる権利を手に入れる人は増える 
    死ねるようになる人は、通常の自殺に関する十分な知識を持っていない人ではないだろうか

    首吊りの正しい知識を持っていても、首吊りよりサインが容易いと考えるような人は
    ごくごく少数であるいう僕の予測が正しけば
    自殺志願者の功利を大して増加させないのに比してその弊害が大きいので
    無条件安楽死制度は社会における悪であろうというのは同意してもらえると思う
    従って、争点は、通常の自殺に関する十分な知識を持っていても、
    首吊りよりサインが容易いと考えるような人はどれくらいいるのかだ
    僕は二人とも、良く考えてみれば(あるいは実際に書類を目の前にしたら)、
    サインも首吊りも大して違わないという結論に至るのではないかと思っている
    (もし首吊りに特別な拒否感があるなら、他の方法と比較してもいい)
  22. 名前: ほうのすけ ◆- 2011/04/23(土) 10:46:47 URL [ 編集 ]
    やがて老齢と経験が手をたずさえて、彼を死へと導いてゆく。その時彼は覚(さと)らされるのだ。
    あのように長いあのように苦しかった精神であったのに、自分の生涯はみんな間違っていたのだ、と

    ───ゲーテ 「詩と真実」より


    自殺という選択も後悔するのかな?
  23. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 11:22:01 URL [ 編集 ]
    >>また、サインした後でもキャンセルを認めるなら
    時間的猶予があるというのは眠るときまでサインし続けるようなものなのでは?そうなると正気でいられるかどうかも怪しい
    理性的な人間でもキャンセルしてしまうんじゃないだろうか 」


    サインしたあと死ぬまで時間的猶予があるので、自分の判断を悩むかもしれません。しかし、この時間的猶予は冷静に自己の死について考えられる。本能の介入を許さず、理性で判断できる
    そして、死ぬと判断を下せば本能の介入を避けて自殺できる


    >>それは、容易く死ねるでしょうが、似ていないと思います
    サインという自身の決断がないのですから 」

    ですね。語弊がありました。物理的な意味での死は容易いというニュアンスも持たせていたつもりなのですが、安楽死の参考にはなりませんでしたね…


    >>そんなことで容易いといえるのなら
    「あなたが何も知らず寝ている間に
    首にロープをつけて床を開けばあなたは容易く死ねる
    従って、首吊りは容易い」なんてことさえ言えるのではないでしょうか 」

    その通りです。しかし、この場合の首吊りは安楽死と言えるでしょう
    死に方が薬物と首吊りで異なるだけで、本質は安楽死です


    >>僕の主張は、多くの人にとって、安楽死のサインの困難さのレベルは首吊り並だと言うことです 」

    これは同意できません
    何故なら、安楽死のサインは理性で判断できる。本能の介入を極めて排除できる。
    首吊りの場合は、決断・踏み出す一歩までは理性で判断でき、サインと同じだが、踏み出す最後の一歩が難しい。最後の最後に強烈に生存本能が主張する。それを理性で抑え込まないといけない、だから首吊りは難しい

    >>通常の自殺(首吊り)に対する十分な知識のない人間の自殺は増えるだろう
    そういう人達に対して安楽死は善だろうが、
    安楽死を認めずとも、通常の自殺(首吊り)に対する十分な知識を教えることでその善はなせる 」

    上記と同じ理由により、同意できません。教育で本能は抑え込めないと思います


    >>自殺者が増えることは、生産の減少などによる功利減少を生じさせ
    また無条件安楽死制度自体、命を軽視する雰囲気や弱者福祉の軽視などによる功利減少も生じさせ
    社会全体の功利をおそらく減少させるだろう(おそらく社会における悪だ)と考える 」

    確かに国民は「経済的な奴隷」という側面ももっています。なので自殺(国民の減少)はなるべく避けなければならない。しかし、人は自ら死を選ぶ権利を持っているはずです。そして現在はその権利は保障されていない
    自殺の難しさをいいことに、過労死するまで働かされている
    現在の労働者は「経済的な奴隷」ではなく「奴隷」そのものの扱いをされている、安楽死を認めることは彼らの救済であり、唯一の抵抗手段である。
    即ち、安楽死を認めないことこそが、「命を軽視する雰囲気や弱者福祉の軽視」であると言える

    utilitackeyさんの言う「社会」とは権力者や社会的強者のみでしょうか?
    utilitackeyさんの言う「功利」はGDP等の目に見えるものだけでしょうか?


    >>争点は、通常の自殺に関する十分な知識を持っていても、
    首吊りよりサインが容易いと考えるような人はどれくらいいるのかだ 」


    「一人での首吊り」と「安楽死」は生存本能をどこまで排除出来るかの違いがある
    頭で理解することと、実際に行動に移すことは難易度に大きな違いがある。
    安楽死は理性で死を決意するか判断でき、本能の抵抗を最小限にできる

    首吊りは理性で判断したのち本能にも打ち勝たなくてはならない
    明らかに安楽死の方が冷静に、自身の功利を考慮して理性的に判断できる。

    安楽死=理性で判断
    首吊り=理性で判断+本能を無理やり抑える必要がある
    どちらが容易か一目瞭然です
    そして、生存本能は個人差があり首を吊れない人は最後まで出来ないだろう
    国民全員が理性で死ぬと判断したら、無駄な苦しみを味わわず生涯に幕を下ろせる社会こそが「善」な社会ではないでしょうか?




  24. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 11:30:09 URL [ 編集 ]
    余談ですが、首吊りで自殺する場合
    今は自重で骨を折るよりも、頸動脈圧迫して失神する方式が多いですよ

    そして首吊りは足を浮かさなくても、座ったままできます

    苦痛が無くても、なかなか自らで死ぬことは難しいですよ…

    俺は寝てる間に殺してもらえるのが、一番ありがたいです
  25. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/23(土) 12:56:34 URL [ 編集 ]
    >>23
    後悔する自分を消すのが自殺なのだから
    自殺は後悔しようがないだろう
    (…サインしてから後悔するのかなってこと?)

    >>24
    首吊りの怖さ加減と安楽死の怖さ加減の比較が焦点だから
    以降、混乱を避けるため便宜的に僕も首吊りが怖いと思ってることにして書く

    ②最後の一歩の怖さ(苦・困難さ)とサインの怖さ
    地獄仏さんは、最後の一歩の怖さは想像できているが、
    サインの怖さ(あるいは眠る怖さ)をちゃんと想像出来ていないと思う

    サインなら怖くないというなら
    デスノートで死ぬのも怖くないということになるのだろうか
    眠るのなら怖くないというなら
    練炭焚いて眠るのも怖くないということになるのだろうか

    サインそれ自体は怖いものではない
    眠ることそれ自体も怖いものではない
    最後の一歩それ自体も怖いわけではない
    「死の決断」が怖いのだ(自らで死ぬことは難しい)

    >安楽死=理性で判断
    >首吊り=理性で判断+本能を無理やり抑える必要がある
    最後の一歩もサインも眠るのも
    「死の決断」に対する恐怖という本能を無理やり抑えなければできない
    地獄仏さんの言う「本能」は一体何を意味しているのか…
    バンジージャンプやジェストコースターに対する恐怖のようなものを指してるの?

    ③無条件安楽死制度の社会における善悪(社会の功利の増減)
    >現在はその権利は保障されていない
    ②の立場からいって保障されている
    通常の自殺は安楽死より難しいと思っているから自殺できない人には
    通常の自殺の十分な知識を教えればそれで足りる
    >「社会」とは権力者や社会的強者のみでしょうか?
    >「功利」はGDP等の目に見えるものだけでしょうか?
    そんなわけないから、
    「自殺志願者の功利を大して増加させないのに比してその弊害が大きいので無条件安楽死制度は社会における悪であろう」という書き方をしてる

    このように、僕と地獄仏さんの③における結論の違いは②の結論の違いから来ているのだから
    ②に絞って議論するべきだ

    >余談ですが、首吊りで自殺する場合
    >今は自重で骨を折るよりも、頸動脈圧迫して失神する方式が多いですよ
    僕にはどうしてそんな不確実で
    苦しみが長い方法を取るのかがわからない
    睡眠薬飲んでみたり、手首切ってみたり、、
    練炭焚いてみたり、電車に飛び込んでみたり…
    精神衰弱によるものなら仕方がないが、
    理性的な自殺としてそれをやっているなら理解し難い
  26. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/23(土) 13:50:52 URL [ 編集 ]
    自分で②に絞れと言っておきながら
    ③について考えたことを書く
    とりあえず今は余談だと思って読んで欲しい

    安楽死センターを開設し
    安楽死を希望してきたものに
    カウンセリングなど精神科の診断を受けさせ
    病気であるなら治療し
    病気でないなら
    生活保護や職の斡旋、趣味や遊びの紹介など
    社会としてしてあげれることを示し
    それでも自殺するというなら
    楽に死ねる薬物を与え
    その場で自分で自身に投与することを認める
    (寝てる間に注入するでも別にいいけど、
    そんなことしても自殺者の負担は減らないと思うから
    医者の精神的な負担が増える分よろしくないと思う)

    こういう制度ならむしろ自殺者は減るだろうし
    福祉の効率化も期待でき
    社会において善である制度として機能するだろう

    問題は、自殺を見過ごすことが出来ない自称いい人達によって
    この制度が採用できないか、あるいは採用できたとしても、
    「社会としてしてあげられること」が過度に肥大化していき福祉と自由のバランスを失い
    全体の功利を減少させてしまう可能性が高いことだな
    (社会において悪である制度に変わってしまう可能性が高い)
    従って、この制度は「自称いい人達」を減らさないととるべきでないだろう

    「自称いい人達」のせいで最善策がとれない…
    なんとも皮肉なことだが、
    そういうのを発見するのが性格の悪い僕の喜びだったりする
  27. 名前: ほうのすけ ◆- 2011/04/23(土) 14:19:14 URL [ 編集 ]
    自殺で後悔しないならなぜ人間は自殺を選択しないのだ?


    シェイクスピアもゲーテもこの世は喜劇より悲劇が多いと言っているし、多くの宗教も同じことを説いている。また宗教は、前世の罪を償う為だの、修行の場だの最もらしいことで人間が悲劇のこの世に存在する行為を肯定している。

    しかし、自殺を否定はしていない。

    新旧どちらの聖書にも書かれてはおらず、神父などが勝手な道徳観や中世からの慣例で自殺を悪としているにすぎない。
    仏教世界ではむしろ自爆が英雄視されることすらある。


    本当は一切禁止されておらず、また罰することもないのに(キリスト教は牧師が間違ってる)、なぜ人間は自殺を選択しないの?
    どんなに手軽になったところで、この世の悲劇の多さを理解している過半数が、自殺を選択することなどないのは明確だ。

    なぜだ?
  28. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 14:52:56 URL [ 編集 ]
    ②の条件の解釈の違いが全体の答えの相違になっているのは理解しています。
    俺が②の条件をutilitackeyさんの視点から論ずれば
    >「社会」とは権力者や社会的強者のみでしょうか?
    >「功利」はGDP等の目に見えるものだけでしょうか?
    と言わざるを得ない
    逆説的に「社会」とは~の例えにutilitackeyさんが納得できないのであれば、utilitackeyさんの②の見解は間違っていると言える

    しかし、安楽死と首吊りの難易度が同じで、無条件安楽死を認めても功利が増加しないという意見なら、この限りではないが

    なので②に焦点を当てて議論するのは、俺も同意見です

    ②でutilitackeyさんは首吊りとサインを同じ難易度だと言っている
    俺はサインの方が容易いと言っている


    >>サインなら怖くないというなら
    デスノートで死ぬのも怖くないということになるのだろうか
    眠るのなら怖くないというなら
    練炭焚いて眠るのも怖くないということになるのだろうか」


    デスノートの場合、自ら書くのなら首吊りで、他人が書くのなら安楽死と同じです。
    練炭焚くのは首吊りと同じです

    >>サインそれ自体は怖いものではない
    眠ることそれ自体も怖いものではない 」

    同意します

    >>最後の一歩それ自体も怖いわけではない
    これは違う。最後の一歩(本能に打ち勝つ)こそが怖いのです
    本能に勝つのが容易いのなら、首吊りなんて面倒なことしないでも吐いた息吸わなければいいのです
    なら何故、首を吊るのか?
    それは首吊りなら本能に勝つのが一瞬でいいからです。踏み出す一歩が本能を理性が上回ればいい
    つまり、utilitackeyさんが自殺する場合首を吊ると言った時点で、暗に本能の厄介さを認めていることになる。
    しかし、utilitackeyさんは多くの人が一瞬なら本能に勝てると仰います。
    俺は無理だと言う
    だから、多くの人が本能に勝てるように、他人の力(安楽死)を借りれる社会にするべきだと言います

    一年間の自殺者と自殺未遂者どちらが多いだろうか?
    自殺未遂者はみんな馬鹿で理性を失っているのだろうか?


    >>最後の一歩もサインも眠るのも
    「死の決断」に対する恐怖という本能を無理やり抑えなければできない
    地獄仏さんの言う「本能」は一体何を意味しているのか…
    バンジージャンプやジェストコースターに対する恐怖のようなものを指してるの? 」


    「死の決断」に対する恐怖は、死を意識した時にすでに理性で打ち負かしている。だが死の瞬間の生存本能は多くの人が他人の力を借りないと克服できない
    死を願う人でも、バンジージャンプは出来るだろうがヒモなしバンジーは出来ない人が多いだろう
    どちらも行為は同じで、地面に届くか届かないかの差ですが


    utilitackeyさんは
    サイン=踏み出す一歩
    としているが
    俺は
    サイン=縄を結ぶ行為
    としています

    首吊りの場合は、縄を結んで、踏み出さないといけない
    サインの場合は、縄を結ぶだけでいい


    >>僕にはどうしてそんな不確実で
    苦しみが長い方法を取るのかがわからない
    睡眠薬飲んでみたり、手首切ってみたり、、
    練炭焚いてみたり、電車に飛び込んでみたり…
    精神衰弱によるものなら仕方がないが、
    理性的な自殺としてそれをやっているなら理解し難い」


    それは、死ぬのが怖いからです。死にたくても死ぬのは怖いんです
    ケーキが食べたいから、食べる。 とはわけが違う
    多くの自殺者は何度も自殺未遂を繰り返してやっと死ねるんです
    一発で死ねる人の方が少数だと思う
    首吊りで頸動脈を圧迫する方法が多いのも、場所を選ばないのもあるのでしょうが、「死」の前に失神があり、意識が無くなってから死ねるから頸動脈圧迫して死ぬんです
    これをすれば明らかに死ぬな!って方法は、いくら死にたくてもなかなかできない
    切腹だって他人に介錯してもらいます
    皆が一人で死ねるなら、腹裂いた後自分で首も切ればいいはずです
    (切腹は文化もあるでしょうが…)

    だから自殺者は不確実な方法を取ってでも、死の瞬間をボカすんです
    むしろ、不確実な方法だから実際に実行できると言える

    一人で死ぬのはそれほど難しい
    だから安楽死を求めます

  29. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 15:08:58 URL [ 編集 ]
    >>27
    全くその通りだと思います

    安楽死を肯定する俺がこんなとこいっては矛盾しますが
    俺は市場原理主義者なので福祉なんて縮小すればいいと思っています

    福祉なんて必要最低限でいい、生きれない奴は助けなくていいと思う
    そのために自殺を簡単にするべきだ

    今は福祉が過大になり、本来一人で生きていける・能力のある人が犠牲になっている

    老人や狡賢い奴らに若者が殺されている

    おかしな社会だと思う
    生きるべき人が死に
    死ぬべき人が生き残る
  30. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/23(土) 15:48:56 URL [ 編集 ]
    >>29
    >自殺未遂者はみんな馬鹿で理性を失っているのだろうか?
    僕は馬鹿か「あるいは」神経衰弱(病気)だと言っている
    地獄仏さんはその時神経衰弱状態だったんだろう

    >「死の決断」に対する恐怖は、死を意識した時にすでに理性で打ち負かしている。
    >だが死の瞬間の生存本能は多くの人が他人の力を借りないと克服できない
    死の決断に対する恐怖を生存本能と呼ぶのでは?
    地獄仏さんのいう生存本能の意味がわからない

    >死を願う人でも、バンジージャンプは出来るだろうがヒモなしバンジーは出来ない人が多いだろう
    バンジーは「死の決断」でなく紐なしバンジーは「死の決断」だからだ
    言い換えれば、バンジーは生存本能に反せず、紐なしバンジーは生存本能に反する身体
    バンジーのように生存本能に反するとでも言うならまだわかるが…
    ますます地獄仏さんのいう生存本能の意味が分からない

    >サイン=縄を結ぶ行為
    サインした後にキャンセルできると思うからそういう発想になるのか?
    それならキャンセルせず眠る行為と最後の一歩を比較すべきだ

    >多くの自殺者は何度も自殺未遂を繰り返してやっと死ねるんです
    そんなことはないと思う(そんな人もいるだろうが知識のある理性的な自殺者は一発で死ぬだろう)
    >頸動脈を圧迫する方法
    失神するまで苦しい
    >腹裂いた後自分で首も切ればいいはずです
    力も入らないだろうし、それは物理的に難しい

    >一人で死ぬのはそれほど難しい
    >だから安楽死を求めます
    地獄仏さんの言う、本能的な困難さは
    「自分で決断することの恐怖」でなく
    「自分で手を下すことの恐怖」ということでいいのだろうか…

    首吊りでも僕が後ろから押す係をすれば怖さが減るというんだろう
    ロボットが後ろから押す係をすれば怖さが減るというんだろうだろう
    (ピタゴラスイッチなら怖さは減らないそうだが)
    デスノートに自分で書くのと僕に書かせるのと何が違うのか…
    いずれの場合においても、他殺でない以上
    あなたは途中で止めるという選択肢を持っている
    最後まで止めないという選択をしなければならないのはあなただ
    その選択と最後の一歩と何が違うというのか…
    本当にそれで死の瞬間がぼかせているのか?
    人(あるいはロボット)にやってもらう方がいいというのは何か別の理由から来てるんじゃないか?

    >むしろ、不確実な方法だから実際に実行できると言える
    理性的で精神が安定してる人間なら
    不確実な方法など恐ろしくてとれない
    苦しんだだけで無駄に終わるかもしれない、
    障碍が残って苦しみが続くかもしれない
    そんな行為を取るのは馬鹿かあるいは神経衰弱状態の人間だけだろう

    僕はもう>>26で大概の人に
    安楽死も通常の自殺と変わらないということを説得できると思ってる
    >>28はあまりに突込みどころが多い
  31. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/23(土) 15:53:42 URL [ 編集 ]
    >>30
    >今は福祉が過大になり、本来一人で生きていける・能力のある人が犠牲になっている
    そうかもしれない
    それを前提にすれば自殺者を増やすことがむしろ社会における善になるね
  32. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 15:57:53 URL [ 編集 ]
    すれ違いですが、すこし愚痴書きます
    俺は今の日本はおかしいと思う

    権力者である老人たちは自分のことしか考えていない
    政府も経団連も日本を潰しにかかってると思う

    経済は一部の稼ぐ人たちがみなを助けてる
    稼げば稼ぐほど金を取られる
    政治家がやっていることはそのお金をどう使うか?だが
    実際にお金を稼いでる人や未来ある子供達の為ではなく
    老人達(力がある・票をもっている・社会的権力がある)のことしか考えていない

    例えば、年金は賦課方式で、今の老人は払った以上にもらっている
    80年代からそうなることは分かっていた。 なんで誰も変更しない?

    たとえばTPP なんで日本国内の失業率があがり、職が無い人が増えてるのに出稼ぎの外国人を増やそうとする?
    それは外人の方が安価だから、国民を労働力・機械としかみていない

    目先の利益に囚われて市場をジャブジャブにした結果がこうなる
    世界的に一次産品の値段は上がり、原油価格もあがっているが、新興国にお金渡すようなことしたのは誰だ?

    俺はこれから日本でまともな生活をしようとすれば所謂ゴールドカラーぐらいしかないと考えているが、そんな社会は嫌だ
    今の資本主義はおかしいと思う
    金転がしている奴らが大金をつかみ、真に社会貢献している人たちが生活できなくなる

    今、なにかしようとすれば(起業、経営)老人のちんぽ舐めしないといけない 彼らが真に実力あるわけじゃないのに

    政治は俺達の納めたお金をどう使うか 話す場所なのにみんな興味がない。自分が一生懸命稼いだ金なのに何故だ?

    思うに、今の労働者はそんなこと気にする事が出来ないほど疲労しているんだろう

    リアルで政治・経済に文句を言えば異常者扱いさせる
    それも味方であるはずの若者にも


    労働者達は徹底的に足元みられてる
    そして労働者同士で足を引っ張り合っていると思う


    今回の地震、原発の政府の対応をみるとわかると思う
    今の日本はおかしい
    物質的には豊かだが、それしかない

    だから安楽死ぐらい認めるべきだと思う

    こんなことリアルは一部の人にしか言えないし、ネットで言うとニート乙といわれるが
  33. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/23(土) 16:00:52 URL [ 編集 ]
    >>28
    >本当は一切禁止されておらず、また罰することもないのに(キリスト教は牧師が間違ってる)、なぜ人間は自殺を選択しないの?
    >どんなに手軽になったところで、この世の悲劇の多さを理解している過半数が、自殺を選択することなどないのは明確だ。
    >なぜだ?
    僕のような、自分の人生についてだけは楽観的な馬鹿がたくさんいる
    僕のような、明日できることは明日するタイプの怠け者がたくさんいる
    一時の恐怖を克服できない怖がりがたくさんいる
    …こんなところかな
  34. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 16:29:05 URL [ 編集 ]
    >>31
    >>死の決断に対する恐怖を生存本能と呼ぶのでは?
    地獄仏さんのいう生存本能の意味がわからない 」

    死の決断に対する恐怖も生存本能でしょう
    首吊りで一歩を踏み出す、首に包丁を突き刺す
    どちらも、準備までは理性で本能を殺せるが、最後の一瞬は無意識に体が抵抗する その体の抵抗に理性で勝つのが難しい

    >>言い換えれば、バンジーは生存本能に反せず、紐なしバンジーは生存本能に反する身体 」

    バンジーのスリルは生存本能によるものでしょう
    死なずに死の恐怖を味わえる。だから楽しい

    >>>サイン=縄を結ぶ行為
    サインした後にキャンセルできると思うからそういう発想になるのか? 」

    安楽死は他人に「殺してもらえる」からこういう発想になります

    >>>頸動脈を圧迫する方法
    失神するまで苦しい 」

    やれば分かりますが、苦痛はそれほどありません。少なくとも死のうとしてる人なら無視できる苦痛です


    >>>腹裂いた後自分で首も切ればいいはずです
    力も入らないだろうし、それは物理的に難しい」

    なら最初から首をきればいい。 介錯があることの反論になっていない

    >>地獄仏さんの言う、本能的な困難さは
    「自分で決断することの恐怖」でなく
    「自分で手を下すことの恐怖」ということでいいのだろうか… 」

    そうです。最後の瞬間が難しい

    >>いずれの場合においても、他殺でない以上
    あなたは途中で止めるという選択肢を持っている
    最後まで止めないという選択をしなければならないのはあなただ 」

    便宜上、安楽死を「他殺」とします。
    一人で最後までやり遂げる(自ら死に向かう)のと
    殺してもらう(やってくる死を途中で止めない)
    の難しさは同じではない


    >>理性的で精神が安定してる人間なら
    不確実な方法など恐ろしくてとれない 」

    まず「精神が安定してる」とはどういう状態か?という疑問は残りますが、自殺なんてまともな精神状態で出来る人はごく少数だと思う
    病苦で自身の未来が分かっているのなら、淡々と死ねるでしょうが

    死を決意する時点で生を苦しいものだと認識している。
    そんな人がまともな精神状態でいられるわけがない
    (突発的な自殺ではないと仮定しても)

    鬱がひどくなる・生に苦しみすぎると、逆に自殺できなくなるというのはご存知ですか?
    ある程度回復してやっと自殺できる行動力が手に入る

    utilitackeyさんは死を願うのはどのような人か?という視点が欠落しているのではありませんか?

  35. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 16:53:34 URL [ 編集 ]
    なかなか本能的な恐怖を説明するのは難しいですが…

    ところで、utilitackeyさんはバイクに乗ったことありますか?

    乗ったことあるとして300キロ出したことはないと無いとして話進めます

    今のリッタースポーツバイクなら300キロ簡単にだせます(メーターは299で止まりますが…そして誤差もある。車でメーター読み300以上出した時、GPSは285前後でした)
    俺がバイクと装備用意して、先に俺が300キロだしてみます
    場所は長いトンネルにします
    で、utilitackeyさんにバイクと装備わたします

    そこでutilitackeyさんは300キロだせますか?

    俺は無理だと思う
    300キロ出す必要がないと言われれば、それで終わる話ですが…

    行為的にはアクセル開けるだけです。今のバイクは性能もよく安定しているので

    でも、無理だと思う
    utilitackeyさんが頭でスロットル捻ろうと思っても右手は言う事聞かないでしょう

    それが本能のやっかいさです


    この本能は言葉では伝えられないと思います。
    実際に経験してみないと分からないです。
    自殺は経験できませんがw

  36. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/23(土) 18:04:32 URL [ 編集 ]
    >>35>>36
    バンジー的恐怖と死の恐怖をごちゃまぜにしてないか?
    (バンジーには落下の恐怖があるんであって死の恐怖はない
    あるならバンジーできる人は死の恐怖を理性で克服できるってことで
    多くの人が死の恐怖を理性で克服して死ねるってことになっちゃう)

    地獄仏さんこそ、
    「向かってくる死を止めない恐怖」を
    頭でしか理解していないんじゃないの?
    自分で首吊りできない人がそんなことできるの?
    サインして寝てる間に薬打たれるなら
    そんな人は寝る前に止めてしまうと思う
    そのときは首吊りと違って理性で本能を押さえ込めるの?
    実際に経験しなくてもこの恐怖は想像できるんじゃないか?

    結局、最後の一歩と同じく寝るという決断をするのは自分だ

    他人がしてくれるのがいいというが
    自分でタイマーをセットして
    寝ている間に薬が入るようにするという形なら、
    それは恐怖が大きく難しいというのだろうか
    寝てるんだから医者がやろうとタイマーがやろうと一緒だろう
    タイマーセットに恐怖を感じるとでもいうのか?
    タイマーセットとサインに一体どんな違いがあろうというのか…
  37. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 19:04:33 URL [ 編集 ]
    >>37
    バンジーの落下の恐怖は、死の恐怖からきてるんじゃないですか?

    頭で理解したことと実際に行動に移すことの違いですが、
    バンジーって他人がなかなか飛べないと
    (何ビビってるんだよ…早く飛べよチキン野郎)って思っちゃいますが
    自分が飛ぶ番になると、準備してる時は、俺ならすぐ飛べるわwこんなの楽勝wwwとか思いますが、いざ飛ぶ瞬間になると、うわっ!こわっ!とかになってなかなか飛べないと思いますw


    >>地獄仏さんこそ、
    「向かってくる死を止めない恐怖」を
    頭でしか理解していないんじゃないの? 」

    その可能性は否定できないですが、大きな事故で(あ~これはもう死んだな…)って時は、覚悟できるんですよね…
    事故は拒否しても止めてくれないですが
    でも、明らかこれしたら死ぬだろう ってことを自らやっているのだから、…どうなんでしょう?
    やってくる死は受け入れられるのかな?

    >>そのときは首吊りと違って理性で本能を押さえ込めるの? 」

    首吊りよりはマシという意見です

    >>実際に経験しなくてもこの恐怖は想像できるんじゃないか?」

    想像できます。今実際に想像していてすごく苦しいですよw

    >>結局、最後の一歩と同じく寝るという決断をするのは自分だ 」

    それなら睡眠薬飲んでもいい。薬物を飲むのではなく睡眠薬というワンクッションを置くことで楽になる
    この場合睡眠薬と偽って薬物を渡してもらってもいいですが

    >>結局、最後の一歩と同じく寝るという決断をするのは自分だ」

    そうです。しかし「決断」は比較的理性で判断できる
    「行為」は理性の力だけでは難しい

    >>他人がしてくれるのがいいというが
    自分でタイマーをセットして
    寝ている間に薬が入るようにするという形なら、
    それは恐怖が大きく難しいというのだろうか 」

    寝てる間に勝手に死ぬようにするのは、首吊りに比べて楽にはなりますが、やはり他人の力を借りるのが一番楽です

    サインは書いてしまえば、あとは何もしなくていいというのが大きい
    サイン書いてあとは理性的で居てさえすればいい

    余談ですが、薬物(苦痛が少ない)を飲み込むってのも楽な方法だと思う。俺が夢の中で自殺する時はいつも何故か薬物を飲んでいますw

    そういや、昔ベネトリンって薬(液体)を飲んだ時は死ねなかったです
    体はなんともなかった…  量が足りなかったのかな?


    人の「甘さ」「弱さ」についてですが
    今のレーシングバイクはバイクがアクセルを勝手に開け足すことがあるんです(GPバイクですがホンダとか)それは何故か?

    サーキット走っていて、サーキットだから速く走りたい・アクセルは開けないといけないんですが、頭でアクセル開けないと!ブレーキポイントもっと遅らせれる!と分かっていても、体が言うこと聞かないんです

    サーキットは慣れると恐怖感は無くなるんですが、峠だと体が言うこと聞かないってのがより顕著になります

    自殺も同じです。頭で(理性で)理解していても、体が言うこと聞かないです

    これはもうutilitackeyさんに体験してもらうしかないです
    もともと産まれついて恐怖感を感じにくい人はいるみたいです
    実際にそうだとしか言えない友達知ってます
    utilitackeyさんも彼らと同じかもしれない







  38. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/24(日) 03:49:57 URL [ 編集 ]
    大抵のことは地獄仏さんが言いましたが、安楽死の手法を限定的に考えていると思います。
    キャンセルすることが本能的に抑えられないなら、キャンセル不能選択肢を与えれば良い。
    寝るまでが長すぎるならすぐに薬を打ってもらう選択肢を与えれば良い(場合によっては薬を用意したままサイン、サイン後1秒足らず実行)。
    薬が嫌な方には他の手法を用意。
    などなど、色々な手法を用意して、人によって様々な、本能を抑えるために最も効果的な方法を選べるようにすればいつでも死ねる自由に最も近いものが実現できると思います。
  39. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/24(日) 07:11:38 URL [ 編集 ]
    >>39
    なるほどねー
    通常の自殺にも様々な手法があることを考えると
    安楽死制度は、その手法を増やすにすぎないわけだ
    つまり、死ねる自由の保障され具合が、今よりも大きくなる…
    そういう主張であれば、反論はない

    どれほど大きくなるか(どれくらい自殺できる人が増えるか)について
    争うことになるんだろう
    この点、人々が通常の自殺に関する知識を十分に持っているなら、
    大して増えやしないと答える
    (大して増えやしないのに社会における弊害は様々考えられる
    だから社会における悪であろう(③)って感じに僕の主張は流れていく)

    どうして大して増えやしないのか…
    キャンセル不能のサインをすることも
    すぐに薬を打ってもらうサインをすることも
    薬以外の方法で殺してもらうサインをすることも
    他のどんな安楽死の手法も
    結局のところ「死を決断する恐怖」を伴う
    自殺の本質的な恐怖はバンジー的恐怖ではなく
    この「死を決断する恐怖」にある
    安楽死によってもそれを小さくすることは出来ない
    それを小さくするということは、
    本人に決断させずに殺す(…普通の他殺)を意味しているわけで
    そんなことはできようがないのだ

    サインなら通常の自殺より簡単だろうというのは思い込みで
    よく考えみれば、あるいは実際にサインを前にすれば
    その思い込みは容易く崩れるだろう
  40. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/26(火) 13:18:13 URL [ 編集 ]
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%A0

    安楽死のスレに貼るのは適切ではないかもしれないが…

    何故人は自殺するのか考えるのも面白そうだ

  41. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/27(水) 09:35:26 URL [ 編集 ]
    自殺の是非4@哲学板
    http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/philo/1292264091/
    書きこんでみた

    >>41
    自殺の分類について…
    利他的自殺(集団本位的自殺)
    利己的自殺(自己本位的自殺)
    この二つの分類でいいと思う
    アノミー的自殺も宿命的自殺も利己的自殺の範疇だろう
    これは結局のところ自殺に限らず
    動物の判断原理たる欲求には
    利他的欲求(他者に対する善を目指すことで自己を満足させる欲求)と
    利己的欲求(それ以外の欲求)があるということだ
  42. 名前: Hentai Triff ◆qzaa7UEI 2012/02/26(日) 17:10:03 URL [ 編集 ]
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【自殺(安楽死)に対する倫理的評価】

カテゴリ:[応用倫理]
  1. 名前: utilitackey 2011/04/20(水) 11:44:41
    ①用語の整理
    自殺とは自ら命を絶つこと
    通常の自殺と安楽死からなる
    (多くの人にとって最も苦がすくないであろう通常の自殺としては、
    絞首刑のような自殺(…落下のエネルギーで首の骨を折って意識を失う)を念頭におく)


    ②通常の自殺によって生じる苦と安楽死によって生じる苦の比較

    ③末期患者に安楽死を認めることに対する倫理的評価
    全てのひとに安楽死を認めることに対する倫理的評価

    ④末期患者を安楽死させることに対する倫理的評価
    意思のない末期患者を安楽死させることに対する倫理的評価

    ⑤自殺したくない欲求を大きくさせることに対する倫理的評価
    (自殺は悪だと教えることに対する倫理的評価)

    http://blog.livedoor.jp/vipsister23/archives/2904522.html?1302971098より

    #
    934: 安楽死 投稿日 : 2011年04月07日 10:21
    ※ 431まで読んでやっと安楽死が出てきた(ここから先はまだ読んでない)、遅すぎ。子供を産むのが悪なのは死にたくても死ねないからで、死にたければいつでも死ねる社会になれば子供を生に縛り付けることにもならない。社会の課題として安楽死導入が最優先されるべきだよ。私はそのために一生を捧げると思う。安楽死導入に向けて頑張るよ。


    #
    939: utilitackey 投稿日 : 2011年04月07日 11:33
    ※934
    >子供を産むのが悪なのは死にたくても死ねないからで、死にたければいつでも死ねる社会になれば子供を生に縛り付けることにもならない。
    まったく同感だが
    まあ死ぬ方法が分かる程度に馬鹿でなく
    かつ健康な人にとっては制度化するまでもなく
    今でも安楽死と同じようなレベルの簡単さで死ねるけど


    #
    1442: 安楽死 投稿日 : 2011年04月10日 09:09
    ※934です。※600までと、自分のレスから20レスほどしか読んでいませんが。
    ※939
    安楽死によく使われるペントバルビタールは非常に入手困難です。これを入手出来る場所はメキシコのペットショップのほんの一部で、大抵のペットショップは扱っておらず、違法麻薬の方がずっと入手しやすいらしいです。以前はこんなことはなく、安楽死に使われてることを知られてから入手困難になったらしいです。安楽死がどれほど認められていないかわかるでしょう。注射器も詳細はわかりませんが入手困難と聞きます。自殺未遂の数を見ても、死にたければ死ねる状況ではないことはわかるはず。





    1447: utilitackey 投稿日 : 2011年04月10日 18:02
    ※1442
    安楽死の認められ具合の現状について異論ないよ。
    認められるように運動すればいいと思う。
    ただ自分で首を吊れる健康な人間にとっては
    それほど意味が無いと言ってるだけ
    首吊りと安楽死のちがいは
    一回の骨折と一回のデコピンと同じようなの違いしかない
    それは人生全体というスパンで見たときちいさな違いだ

    自殺未遂、自殺に失敗が多くあるのは
    情緒不安定で考える力を失いながら自殺したり
    確実性の高い自殺の方法を知らなかったりするからだ
    これは病気の奴と馬鹿な奴がいるってことの証であって
    自殺自体の困難性を示す話ではない

    多く人生は不幸でありかつ
    多くの人は自分の幸福のためには
    自分の骨を折れるくらいの理性があるのに自殺が少ない
    このことをもって自殺が困難だというならわかる
    (不幸だからといって死ねない人が多い)
    僕は、それは教育・洗脳など後天的なもののせいで
    自殺に自分で骨を折るのとは比べものにならない恐怖を感じているせいだとして
    産むことではなく、そんな恐怖を感じるように教育洗脳することが悪いと言う
    その教育洗脳が生きることを押し付ける行為にあたる
    その教育がなければ、
    人生俯瞰して不幸なので恐怖を理性で超えて自殺するという選択ができるからだ
    不幸なら死ぬことができるということで
    産むこと自体は生きることを押し付ける行為でないということだ





    #
    1859: 安楽死 投稿日 : 2011年04月20日 10:46
    ※934、※1442です。※740まで読み、utilitackeyさんの考えが大体わかりました。
    ※1447
    死にたい時に死ねれば子供を産むことは悪ではなくなるという点では同意してるようですが、人が自由に死ねない理由を教育のせいにしてる所が私の意見と違います。
    人が自由に死ねない理由は教育などではありません、人体の作りから難しくなっています。
    骨折の痛みは大したことなくても、自分で自分の骨を折ることの難しさは並の人間が出来ることではありません。
    安楽死の場合は書類を書き、判子を押すことになり、自分で自分の体に何をする必要もありません。こうなって初めて論理的な考えだけにより、感情や本能に邪魔されずに選んで死ぬことが可能になります。これ以下では死にたい人も死ねません。

    >人生全体というスパンで見たときちいさな違い
    しかし人はそんな長い目で見て行動を取ることはできません。
    そんな気長な行動をするためには伝統が必要です。
    例えば学校。学校に行くことは短い目で見ればあまり良いことはないため、伝統に反抗的な子供は登校拒否をすることが多いです。もしも学校に行く伝統が無ければこんなシステムは到底無理でしょう。
    しかし自殺に関しては安楽死の施設さえ設置すれば学校のような伝統など無くても論理だけで行えるようになります。書類を書くことは難しいことではありませんから。
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コメント

  1. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/20(水) 12:06:06 URL [ 編集 ]
    まず、僕のスタンス明らかにしておこう

    ②通常の自殺も安楽死も生じる苦に大きな違いはない
    (通常の自殺の方が首の骨を折るときの痛さとそれへの恐怖の分だけ苦が大きいだけだ…どちらも死それ自体への恐怖は同じだ)

    ③末期患者の安楽死を認めることはその患者に対する善であると同時に社会における善である
    (患者の功利を増加させ、また社会の功利の総和を増加させる)
     全ての人に安楽死を認めることは、自殺したい人に対してわずかながら善である、社会おいてはおそらく悪である

    ④末期患者を安楽死させることは、患者に対しても社会においても微妙
    意思のない末期患者を安楽死させることは、患者に対して善である
    また、その末期患者を生かしたいと思っている人がいない限りにおいて社会における善である

    ⑤自殺したくない欲求を大きくさせることは、その個人に対して悪である
    社会においては微妙
  2. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/20(水) 12:17:46 URL [ 編集 ]
    安楽死さん(仮)に反論していこう


    >骨折の痛みは大したことなくても、自分で自分の骨を折ることの難しさは並の人間が出来ることではありません。

    それは、その行為自体の苦ではなく、
    その行為の後に待つ「痛みあるいは死」への恐怖という名の苦を問題にしてるわけだよね
    とすると、首吊りであろうが書類へのサインであろうが
    後に待つ「痛みあるいは死」への恐怖というのは大した違いがなく
    首吊りの苦とサインの苦に大きな違いはないのではないだろうか
    首吊りに関するちゃんとした知識があれば、
    首吊りはできないが書類へのサインはできるというケースはあまりないと思う


    >しかし人はそんな長い目で見て行動を取ることはできません。
    >そんな気長な行動をするためには伝統が必要です。
    ここで「伝統」って言葉をだしてくるのはおもしろいね
    人は長い目で見て行動している(理性的)というよりも
    ただ、伝統(習慣)に従ってるということの方が多いって感じかな…

    ヘアの二層理論を思い出すね
    (人はまず直観レベルで判断し(義務論ちっく)
    次に批判レベルで判断する(功利主義的な再検討))
    けれども上で書いたように、
    直観レベルで首吊りはできないという人間のほとんどは
    直観レベルで書類へのサインもできないだろうと思う
  3. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/20(水) 14:31:57 URL [ 編集 ]
    ありがとうございます。そのままの名前をお使いしましょう。
    あのスレの※1000まで読みました。友達を自殺と事故で失い、自身も自殺未遂した方とのやり取りも見ましたが、私の考えはその方と似ています。

    >それは、その行為自体の苦ではなく、
    >その行為の後に待つ痛みあるいは死への恐怖という名の苦を問題にしてるわけだよね

    これが違うと思うのです。行為自体の問題ですし、そもそも苦の問題ではありません。
    行為の難易度の問題です。自分で自分の首を釣る行為は非常に難しい。これは自分で自分の体にすることだからということもあるでしょう。やったことがないからという理由もあるかも知れません。いずれにせよ、書類へのサインよりもずっと難しい行動です。この難しさはあなたが感じない上に、あの方とのやり取りをしても理解できないようでは、きっと何を言ってもわからないでしょうが、事実です。


    ヘアの二層理論は知りませんが、人は基本的に長い目で見る能力が乏しく、短い目で楽なことを選びます。
    しかし短期的利得を優先する方針は難しい行動ほど大きく、簡単な行動は長期的利得で判断することが出来ます。つまり書類にサインするほど簡単な行動の場合は論理的に、長期的に判断することが出来ます。
    つまり思い切った行動は後回しにしてしまい、今する以外に選択肢が無くなって初めて実行することができるのです。


    また、私は功利主義者ではありません。義務論を信じます。
    そのため、全てのひとに安楽死を認めることに対する倫理的評価についてあなたとは違う答えを出します。
    あなたの評価は:全ての人に安楽死を認めることは、自殺したい人に対してわずかながら善である、社会おいてはおそらく悪である
    つまり、安楽死を認めれば、安楽死者は苦しみから解放される代わりに、社会的には安楽死により死者が増え、家族などの苦しみが増えるなど、マイナス要素があり、社会的にはマイナスと言います。
    私は「人生はいつでもやめられる」という事実そのものに非常に大きな社会的価値があると思います。
    理由は義務論から来ていて、「やると決めたことのない活動はいつでも自由にやめる権利」があると思います。
    その権利は基礎的な権利で、人生という活動において、それが認められてないことは非常に大きな問題だと思います。
  4. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/20(水) 22:19:39 URL [ 編集 ]
    >>4
    >友達を自殺と事故で失い、自身も自殺未遂した方とのやり取りも見ましたが、私の考えはその方と似ています。
    自殺仏さんだね
    http://utilitarianism.blog109.fc2.com/blog-entry-23.html#entry-top
    これ以外にも書きこんでくれてる そのうちまた来てくれると思う)

    彼は、骨を折る痛みやそれへの恐怖は無視できる程度のものだが、
    死に対する恐怖はそれと違い無視できないほど大きなものだとみてると思う
    ということはおそらくサインをする行為にも首吊りと同じような大きな恐怖があると言うのではないだろうか…
    本人の意見が聞きたいね

    >いずれにせよ、書類へのサインよりもずっと難しい行動です。
    あくまで、僕の予想だけど…
    上で書いたとおり自殺仏さん的にも書類のサインと首吊りは大差がないんじゃないかな…
    utilitackey「両方、大した苦でなく簡単」
    自殺仏さん「両方、困難なことだ」
    って主張になるんじゃないかと思う
    安楽死さんは、骨を折る痛みや恐怖以外に、
    首吊りとサインのどこに違いを見いだしているのか…
    首吊りは難しく、サインは簡単である理由…
    それを教えてほしいな
    (言い返せば、サインをしたことがないからその難しさがわからないんじゃないか?)

    とりあえず前段だけ 後段もいい主張だなぁ
  5. 名前: 自殺仏 ◆JalddpaA 2011/04/20(水) 22:36:49 URL [ 編集 ]
    こんばんは!
    俺を名指しで指名していただいてうれしいです

    俺の意見は
    サインも首つりも苦痛だが(精神的に)
    サインは首つりに比べれば容易いと思います
    サイン>首つり


    安楽死は自殺ではなく、合法的な殺人だと考えています

    「死」それ自体の精神的苦痛は事故死も自殺も殺人も同じだが
    首吊りは最後まで自分でやらなければいけない
    安楽死は他人がやってくれる

    そこが大きな違いだと思います
  6. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/20(水) 22:50:03 URL [ 編集 ]
    >>6
    予想外れたwごめん(´・ω・`)

    >首吊りは最後まで自分でやらなければいけない
    >安楽死は他人がやってくれる
    しかし、サインは自分でやらなきゃいけないわけで
    サイン自体は簡単であるというなら
    ロープを結ぶことも、足を一歩前に出すのも簡単なことじゃないかと思う

    >安楽死は自殺ではなく、合法的な殺人だと考えています
    最終的に命を奪うのは医者だろうからってことだよね…
    おもしろい指摘だね
    【殺すことと見殺しにすること】
    http://utilitarianism.blog109.fc2.com/blog-entry-59.html
    これにも関わってきそうな話だと思う
  7. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/20(水) 23:20:18 URL [ 編集 ]
    >>4後段
    >私は「人生はいつでもやめられる」という事実そのものに非常に大きな社会的価値があると思います。
    >理由は義務論から来ていて、「やると決めたことのない活動はいつでも自由にやめる権利」があると思います。
    >その権利は基礎的な権利で、人生という活動において、それが認められてないことは非常に大きな問題だと思います

    なるほど とてもおもしろい
    上の②での立場上、僕としては、現状で既に「人生はいつでもやめられる」状態だと思ってるから、③ではこれが問題にならず、
    ⑤「人生をいつでもやめられないと教えることの善悪」が念頭に浮かぶ

    僕も、「人生はいつでもやめられる」ということに大きな価値があると思っている
    その理由は「基礎的な権利」だからではなく「当人の幸福に資するから」という形になる
    この違いからどういう相違が生まれるだろうか…
    僕としては以下の批判をしたい
    義務論批判A
    その「基礎的な権利」と他の「基礎的な権利」がぶつかった場合の
    調整原理がないじゃないかという批判
    (功利主義なら功利の量あるいは選好により調整する)
    義務論批判B
    それが「基礎的な権利」である根拠が不明
    (結局、功利主義的に、権利を認めるのはそれが当人の幸福に資するからとしか言えないのでは)
  8. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/21(木) 07:48:11 URL [ 編集 ]
    >>6と>>7で説明が付くかも知れません。

    >「死」それ自体の精神的苦痛は事故死も自殺も殺人も同じだが
    >首吊りは最後まで自分でやらなければいけない
    >安楽死は他人がやってくれる

    >サイン自体は簡単であるというなら
    >ロープを結ぶことも、足を一歩前に出すのも簡単なことじゃないかと思う

    その通りだと思います。サインは比較的簡単、ロープを結ぶことも簡単。
    足を一歩前に出すことも最後の一歩以外は簡単。
    難しいのは最後の最後、首をロープに巻いた後に宙に飛ぶこと、宙に足が出る最後の一歩、そして注射器を血管に刺した後、毒を注入するために親指で押すこと。
    「これをすれば最後」という事実のせいで、サインもロープを結ぶことなどに比べれば難しいでしょう。
    しかし上記に載せた3つの行動の難しさは「これをすれば最後」という認識が精神的のみならず、肉体的にもあるのです(厳密的にはこれも精神的かも知れませんが、体感的には肉体的ですし、恐らく魚類などと共通する現象です)。
    最後の方を他人に任せることによって難易度が大きく減少します。
    基本的にutilitackyさんと意見が食い違うのは自殺の難易度の意識だけです。
    これは感情的には語れませんからなかなか同意は出来ないでしょう。

    義務論と功利主義に関してはどちらも解決不能と思われる問題を抱えています。
    あなたの二つの批判も含むでしょう。
    ただBに関してはケースバイケースとして返事できます。今回の場合は「人生は参加することに同意していない活動だから」となります。参加することに同意していない活動をやめる権利がなぜあるかと聞きますと、人は参加する活動を選ぶ権利があるから、それが何故かと聞かれたらそれ以上は答えられません。「幸福を何のために増やすのか?」と聞かれても同じことになるでしょう。根本的な理由が一つになるか複数になるかの違いです。
    ここで意見が違っても、自殺と安楽死に関する場合は自殺の難易度という関係ない部分で意見が違うだけで、他は同意しています。
  9. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/21(木) 07:49:14 URL [ 編集 ]
    >>6
    >安楽死は自殺ではなく、合法的な殺人だと考えています

    どっちに書こうか迷ったけどここに書こう

    飢餓で死ぬ子どもを念頭においてみよう
    直接的に殺したのは食べ物を与えなかった親かもしれない
    けれども間接的に殺したのは僕らで
    親が食べ物を与えるという選択肢を持っていなかったなら
    真に殺したのは
    食べ物を与える選択肢を持っていたがそれをしなかった僕らだと思う

    次に、(健康な者の)安楽死の場合を考えてみよう
    直接的に殺したのは薬物を注入した医者かもしれない
    けれども死ぬという選択をしたのは自分であり、
    医者には選択肢がない
    真に自分を殺したのは自分であると思う
    だから、安楽死は自殺の一種なのだと…
    (…「自分で選択する安楽死は一種の自殺」とすべきだったかな)

    こういう言い方をしてもいいかもしれない
    安楽死させてくれるのがロボットだったとしても
    殺したのはロボットだと言うのだろうか
  10. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/21(木) 07:51:42 URL [ 編集 ]
    × 感情的には語れませんから
    ○ 感情的にしか語れませんから
  11. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/21(木) 07:55:01 URL [ 編集 ]
    >>10
    自殺仏さんの心は読めませんが、私と同じことを考えている場合、論点が違います。
    あなたは殺した責任などの話をしていますが、私達は他人の手に渡ることによって自分がやる必要がなくなり、難易度が減少することに関して話しています。ですからこちらの意味では殺すのはロボットです。たとえそのロボットが自作であっても。
  12. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/21(木) 08:18:02 URL [ 編集 ]
    >>9
    安楽死さんはおそらく人を刺し殺せない
    僕は刺し殺せる(日々殺していると自覚している)
    こういう違いも出てきそうだね
    そうであるなら【殺すことと見殺しにすることの倫理的評価】の議論に参加してもおもしろいんじゃないだろうか

    僕にはサインをする行為が
    ピタゴラスイッチのスイッチを押すようなものにみえている
    ピタゴラスイッチで死ぬのは簡単なのだろうか?
    おそらく「それは首吊りのように難しい」というだろう
    けれどもロボットならば簡単だとあなたは言う(>>10)
    医者はともかくロボットは明らかに
    ピタゴラスイッチのようなものだろう

    >「幸福を何のために増やすのか?」と聞かれても同じことになるでしょう。
    >根本的な理由が一つになるか複数になるかの違いです。
    なるほど、
    動物の行動原理から、幸福は増やすためのものであることが自明だと言うこともできなくはないが
    最終的にはどこから理論を組み立てるのかの「決断」が必要なわけで
    そういう意味で、功利主義にも根拠がないと言えそうだ
    とすれば、原理が複数になることの弊害(義務論批判A)だけが問題になるね

    >ここで意見が違っても、自殺と安楽死に関する場合は自殺の難易度という関係ない部分で意見が違うだけで、他は同意しています。
    僕は安楽死はあんまり自分(健康な人)の役に立たないと言ってるだけで
    積極的に反対してるわけじゃないものね
    「全ての人に安楽死を認めることは、社会おいてはおそらく悪である」
    これも「おそらく悪」っていう微妙な表現だしね
    だけど立法を目指すならこの部分こそが大事だよね
    「人は参加する活動を選ぶ権利がある」(自由主義?)
    とりあえず、これを認めよう
    しかしながら人には他の権利もある
    例えば、飢え死にしない権利(あるいは豊かな生活をおくる権利?)なんてものもありそうだ
    すべての人に安楽死を認めた場合、生産の減少に繋がり
    その権利を侵害される人が増えるだろうと僕は見る
    権利と権利が衝突してるよね
    原理が複数あると結論を出せない
    この点、功利主義なら功利の比較(憲法で言うところの比較衡量)をして結論を出すことになる
    その結論として僕はおそらく悪という主張をしてる
    安楽死さんは原理が複数あるのになぜか善と結論づけている
    これは安楽死さんの中に、自身が自覚していない統一的な原理があるということ示しているのではないだろうか
  13. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/21(木) 11:29:30 URL [ 編集 ]
    ピタゴラスイッチは知りません。しかし恐らくスイッチを押す行為なら比較的簡単でしょう、それはスイッチそのものは人体と繋がっていないものなので、挙げた例と違って人体そのものに行う行動ではありません。これは「これをすれば最後」という肉体的な認識の有無に影響を及ぼします。
    また、人を刺し殺す行動は難しいでしょうが自殺よりもずっと簡単です。自分の体には独特の抵抗があります。

    幸福最大化装置のスレが別々に立ててありますし、これはむしろ功利主義と義務論の話題ですが、ここで始めた話は今はここで続けます。続くようならスレ違いになるので移しますが。
    もし以下の話題が既に例のスレで出ていたならすみません。※1000までしか読んでいませんので。
    あなたは例のスレで、幸福最大化装置に入れれば、子供を作ることは無駄、人類がその世代で途絶えても問題ないと言いました。しかし功利主義で行けば、幸福最大化装置がある世界で人類を途絶えさせてはいけないとも言えます。なぜなら、子供を作り、子供も幸福最大化装置に入れれば子供も幸せな人生を送ることが出来、幸福の量が増えるからです。こうして幸福最大化装置を味わう人を出来る限り増やし、出来る限り長い期間人類を途絶えさせずに、人体も幸福最大化装置のために最適化させるように遺伝子などを操作し、最大幸福を最大人数、最大期間、最大効率で行う方が道徳的に正しいという結論も出せます。
    しかしあなたは幸福最大化装置を作った世代で人類が途絶えても良いと言いました。
    これはどうしてですか?功利主義にも功利の定義に関する複雑な問題があり、問題を抱えているのは義務論だけではありません。どちらもそれぞれ問題を抱えているというのが私の意見です。
  14. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/21(木) 12:36:47 URL [ 編集 ]
    >>14
    とすると…
    例えば、ボタンひとつで注射を押してくれる装置ならサインのように簡単だということでいいの?

    >後段
    いい指摘だね!
    【どの範囲において倫理的評価をするか(どの範囲の功利を考慮して善悪を判断するか)】
    http://utilitarianism.blog109.fc2.com/blog-entry-62.html#entry-top
    それは、この論点の応用になるね
    このスレは個別論点スレなので論点に沿った議論をしたい
    勝手ながら移動させてもらう
  15. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/21(木) 13:49:35 URL [ 編集 ]
    重要なのは「これをすれば最後」という肉体的な認識が自殺することを困難にしていることです。
    どうすればサインのように簡単になるかはそう簡単に定義できるものではないでしょう。
    曖昧なラインの議論など無意味です。サインは簡単、首吊りは難しいという両極端だけで十分です。
    よって今の社会には死にたければ自由に死ねる権利はありません。
  16. 名前: 自殺仏 ◆JalddpaA 2011/04/21(木) 20:18:55 URL [ 編集 ]
    安楽死の場合、薬物を注射する・点滴に混ぜるのは医者であり
    死ぬ判断・責任は自分が負うとしても行為をするのは医者です
    その意味で「殺人」と書きました(承諾殺人と書いた方が良かったかもしれません)
    つまり直接他者が自殺に関与できるかどうか、
    他者の関与があるほど死は容易になる


    ロボットの場合
    ピタゴラスイッチなら、ボタンを押すのと注射器を押すのとは時間的な猶予が変わるのみで本質は同じだと思います
    まあ、でも直感的に死を連想させないようにすればするほど、負担は減る・行為が容易になるのかもしれませんが

    ロボットがアトムみたいな場合は医者と同じでしょう


    サインが容易なのはサインが「死」を連想させにくい
    (サインを書くという行為は普段「死」とは関係が無い)
    サイン書けばあとは他者に任せれるから容易なのでしょう
  17. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/22(金) 03:31:05 URL [ 編集 ]
    2対1だねwめげないよ(`・ω・´)

    この議論はスレのテーマからいくと一見些末な問題に思えるかもしれないが、
    今の社会に、死にたければ自由に死ねる権利があるかどうかって問題に関わってくるとすると結構大事な論点かもね

    >>16
    >「これをすれば最後」という肉体的な認識
    これが何を意味するかはっきりさせたかったので
    いろいろな例を挙げさせてもらった

    >>17
    >サインが容易なのはサインが「死」を連想させにくい
    >(サインを書くという行為は普段「死」とは関係が無い)
    >サイン書けばあとは他者に任せれるから容易なのでしょう

    ふたりとも、サインは直観的に死を連想させないと主張している
    果たしてそうだろうか
    実際、目の前に、書類を出されたら、
    骨折の痛みやらの理由でなく首吊りを怖がるような人間は、
    書く事自体に震えるのではないだろうか
    安楽死のある世界では、安楽死用の書類はロープと同じように…
    むしろそれ以上に「死」を連想させるものになるのではないだろうか
    そうだとすれば、自殺仏さんには、
    安楽死であっても、「死」を連想させる行為をするのは、他人でなく自分であるともいえる

    またサイン即死ではなく時間的な猶予があるということは
    むしろその人を苦しめるのではないだろうか
    (余命宣告された人や、死刑を待つ身の囚人を想像するといいかな
    イキガミって漫画を思い出した)
  18. 名前: 自殺仏 ◆JalddpaA 2011/04/22(金) 04:16:02 URL [ 編集 ]
    >>2対1だねwめげないよ(`・ω・´)
              ぼっこぼこにしてやんよ!
         俺                 安楽死さん
        ∧_∧     .・,'∧_∧;,.     ∧_∧
       (´・ω・)=つ≡つ);;)ω(;;(⊂≡⊂=(・ω・`)
       (っ ≡つ=つ  (っ  ⊂)  ⊂=⊂≡ ⊂)
       /   ) ババババ | x | ババババ (   \
       ( / ̄∪       ∪ ̄ ∪       ∪ ̄\ )
                utilitackeyさん


    >>実際、目の前に、書類を出されたら、
    骨折の痛みやらの理由でなく首吊りを怖がるような人間は、
    書く事自体に震えるのではないだろうか 」


    震えると思いますよ。そしてしっかりとサインは死を連想させる
    しかし、サインを書く行為と首吊りの踏み出す一歩
    どちらが本能が顔を覗かせるでしょう
    冷静に功利を判断して、最後まで行為をやり遂げることができるのはどちらでしょう

    人間なんてわざわざ首吊らなくても、
    吐いた息吸わなければ死ねるんです
    では、何故わざわざ首を吊るんでしょう
    それは本能を抑えるため
    行為が複雑に・体が死を連想しなければしないほど
    死は容易くなる


    >>またサイン即死ではなく時間的な猶予があるということは
    むしろその人を苦しめるのではないだろうか
    (余命宣告された人や、死刑を待つ身の囚人を想像するといいかな
    イキガミって漫画を思い出した)

    それはありますね。幸福や苦痛はその瞬間ではなく、待つ時間にこそ感じる。とは思いますが、結局一番苦しい・難しいのは最後の瞬間です
    首吊りなら踏み出す一歩
    注射なら押す行為
    それを他人にやってもらうということは、死が容易くなり
    そういう意味で自殺より殺人に近いと言っています
  19. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/22(金) 05:47:29 URL [ 編集 ]
    >>19
    窒息は長い苦しみを伴うからね…
    しかもその過程で理性は弱まっていくわけで…
    そりゃあ難しい…不可能に近いだろう

    >震えると思いますよ。そしてしっかりとサインは死を連想させる
    >しかし、サインを書く行為と首吊りの踏み出す一歩
    >どちらが本能が顔を覗かせるでしょう
    おk、どちらが本能的な困難さ(安楽死さんのいう「肉体的な認識?」)を伴うかが一つの焦点になるわけだ
    もうひとつの焦点は、最後の瞬間を他人にまかせるかどうかってことだけど、これも他人にまかせるということは、本能的な困難さを減じるという点で意味があるのだと考えれば、結局のところ最初の一つの焦点に絞っていいのではないかと思う

    本能的な困難さについて
    僕:安楽死≒首吊り
    お二人:安楽死<<<<<<<<首吊り
    こういう違いがある
    本能的な困難さは性格のあり方であってどれが正しいという話ではないだろう
    それでもここで議論するのは、
    「今の社会に、死にたければ自由に死ねる権利があるかどうか」
    にこれが関わってるからだ
    僕は普通(多数)の人は、安楽死≒首吊りなのだから
    自由に死ねる権利があると言っている
    お二人は、普通の人はそうでないから、現状権利はないと主張する
    要するに多数か否かの予測をめぐって議論しているわけだ
    とすると、少数派になった状況は僕の状況はボッコボコだw

    しかし、忘れてはならないのは、自分らの性格が問題ではないということだ
    ここにおいてはその性格が多数であるか否かが問題なのだ
    もしかすると、その点若干の混同があるのではないだろうかと思う

    そこで、これを明確にするために問題を言い換えるなら
    この「多数か否かの予測」は、
    「安楽死を認めることによって、いままで首吊りが怖くて自殺できなかった人たちの多くが、自殺できるようになるかどうかの予測」といってもいいだろう
    (結局、寝たきりでもないような人に安楽死を認めることが、意味あるものかってことだね)

    僕は今度はサインが怖くなって相変わらずその人らの殆どは自殺できないだろうと考えるわけだけど
    二人は、安楽死ならその人らの殆どが自殺できると予測するのだろうか
    );;)ω(;;(
  20. 名前: 自殺仏 ◆JalddpaA 2011/04/22(金) 07:35:54 URL [ 編集 ]
    まず、多数決で決めるのは正しいだろうか?
    安楽死と首吊りどちらが容易いかこそ、科学で決めれると思う
    (肉体的な苦痛のみならず、精神的な容易さも)
    と、いうのは置いといて


    utilitackey さんはもし自殺するとして次のうちどの方法を取りますか?
    1、ガソリン被って火をつける
    2、首を包丁で切る
    3、ビルから飛び降りる
    4、首吊り(骨を折る場合)
    5、首吊り(頸動脈を塞ぐ場合)
    6、安楽死(寝てる間に医者に点滴に薬物を入れてもらう)

    きっと6番を選ぶはずです。もし違っても多くの人は6番を選ぶ
    それは6番は自分でやることはサインして入眠するだけだから、
    それに死の瞬間を感じない

    ここで、俺の実体験を書きます。
    俺は首吊り(頸動脈)と、安楽死と似たような経験をしました

    安楽死と似たような経験というのは、入院中の睡眠時に点滴の管が途中で外れ、血が逆流しベットが血だらけになっていたことがありました
    もし、この時看護婦さんが夜の見回りをサボっていたら、きっと俺は死んでいましたが、俺は看護婦さんに起こされるまで気がつきませんでした。
    このケースの場合俺はサインはしていませんが、容易く死ねます

    首吊りの時は、頸動脈を圧迫し失神する方法を取りましたが
    ロープを少し顎側にズラすだけで、首の筋肉で体重を支えれるので
    なかなか、難しい
    当時の事はよく覚えていませんが、少なくとも行為中に本能が介入する
    あと、ロープの強度を考えないと行為中にロープが伸びて、勝手に首にかかってる荷重が抜けるってのもありますw

    これは俺の場合なので、当てはまらない人もいるんでしょうが…


    utilitackey さんは首吊り=安楽死 と言っているので
    安楽死を認めても自殺者は増えないと予測している
    ならば、安楽死を肯定する必要もないが、否定する必要もないはずです
    では何故安楽死を否定・要らないと言いますか?
    無駄だから?
    少数かもしれないが、首吊りより安楽死の方が楽だと考えている人もいるのに?
    自殺者がより楽に死ねる。精神的負担が減る。 これは全体の功利が増えているのでは?


    多くの人が本能に理性で勝てるか?という問いについて
    俺は無理だと断言できる
    そしてもし勝てるなら、今の経済は成り立っていないとまで言える
    何故なら、俺はトレーダーですが市場参加者の8割、9割近くは勝てない。資金を減らしている
    それは馬鹿だからではなく、本能的に人は市場で勝てないようになっている。多くの人は本能によって負けていくと言い変えられる
    つまり、人の8割は本能に理性で勝てないといえる

    どうして、ホモエコノミクスというモデルは失敗に終わったのでしょう?
    utilitackey さんの仰るように人の理性が生存本能に打ち勝てるほど強く、合理的に行動できるのなら失敗しなかったはずです



    なら、安楽死で人は本能に勝てるか?というと
    俺はそれも無理だと思う
    しかし、自由に死ねる権利を手に入れる人は増えると思う


    >>二人は、安楽死ならその人らの殆どが自殺できると予測するのだろうか」

    全員は無理だが自殺できる人は増える・自由に死ねる権利を手に入れる人は増える  が俺の答えです


    争点は、理性が生存本能に勝てるか?になります
    俺は勝てない、安楽死を認めても死ねる人は増えるが、自殺願望のある人みんなが死ねるわけではない という意見です


    utilitackeyさんには人は生存本能を理性で打ち負かせると考える根拠を聞きたいです

  21. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/22(金) 18:27:05 URL [ 編集 ]
    >>21
    多数か否かの予測は、事実を巡る議論であり、多数決ではありませんね
    >少数派になった状況は僕の状況はボッコボコだw
    これはまあ自虐的な冗談ということで許してください

    >utilitackey さんはもし自殺するとして次のうちどの方法を取りますか?
    僕は、4をとると思います
    サインして寝るまでの時間を考えると
    多少、肉体的な痛みがあっても手っ取り早く死にたい
    6の場合、寝るという決断がまた恐怖なんじゃないだろうか
    首吊り出来ると思ってる僕でも多分限界まで寝れないだろう
    そうすると眠る薬でも打ってもらおうかという発想もできるけど
    そうなれば、眠る薬じゃなくて、
    安楽死させる薬を打ってもらってもかわらないんじゃないだろうか
    また、サインした後でもキャンセルを認めるなら
    時間的猶予があるというのは眠るときまでサインし続けるようなものなのでは?
    そうなると正気でいられるかどうかも怪しい
    理性的な人間でもキャンセルしてしまうんじゃないだろうか
    1や2は肉体的な苦痛が非常に大きいですし、3や5も4に比べれば大きい

    >安楽死と似たような経験というのは、入院中の睡眠時に点滴の管が途中で外れ、>血が逆流しベットが血だらけになっていたことがありました
    それは、容易く死ねるでしょうが、似ていないと思います
    サインという自身の決断がないのですから
    そんなことで容易いといえるのなら
    「あなたが何も知らず寝ている間に
    首にロープをつけて床を開けばあなたは容易く死ねる
    従って、首吊りは容易い」なんてことさえ言えるのではないでしょうか
    僕の主張は、多くの人にとって、安楽死のサインの困難さのレベルは首吊り並だと言うことです

    >安楽死を認めても自殺者は増えないと予測している
    >ならば、安楽死を肯定する必要もないが、否定する必要もないはずです
    通常の自殺(首吊り)に対する十分な知識のない人間の自殺は増えるだろう
    そういう人達に対して安楽死は善だろうが、
    安楽死を認めずとも、通常の自殺(首吊り)に対する十分な知識を教えることでその善はなせる
    (この情報化社会で、十分な知識を得ることが出来ないのは
    未熟であるか冷静な判断を失している精神状態にあるかのどちらかだろうということを考えれば、
    そういう人達を自殺させるのが、そういう人達に対して果たして善かと問うこともできよう)

    >これは全体の功利が増えているのでは?
    自殺者が増えることは、生産の減少などによる功利減少を生じさせ
    また無条件安楽死制度自体、命を軽視する雰囲気や弱者福祉の軽視などによる功利減少も生じさせ
    社会全体の功利をおそらく減少させるだろう(おそらく社会における悪だ)と考える

    >多くの人が本能に理性で勝てるか?という問いについて
    >俺は無理だと断言できる
    僕が主張しているのは、サインするにも首吊りと同程度の、
    本能的恐怖を感じるだろうということだ
    僕は、僕自身、首吊りやサインをするくらいの理性はある
    (あるいは本能的恐怖が弱い)とおもっているが
    出来ない人はたくさんいるだろう

    >>いままで首吊りが怖くて自殺できなかった人たちが死ねるようになるか
    >全員は無理だが自殺できる人は増える・自由に死ねる権利を手に入れる人は増える 
    死ねるようになる人は、通常の自殺に関する十分な知識を持っていない人ではないだろうか

    首吊りの正しい知識を持っていても、首吊りよりサインが容易いと考えるような人は
    ごくごく少数であるいう僕の予測が正しけば
    自殺志願者の功利を大して増加させないのに比してその弊害が大きいので
    無条件安楽死制度は社会における悪であろうというのは同意してもらえると思う
    従って、争点は、通常の自殺に関する十分な知識を持っていても、
    首吊りよりサインが容易いと考えるような人はどれくらいいるのかだ
    僕は二人とも、良く考えてみれば(あるいは実際に書類を目の前にしたら)、
    サインも首吊りも大して違わないという結論に至るのではないかと思っている
    (もし首吊りに特別な拒否感があるなら、他の方法と比較してもいい)
  22. 名前: ほうのすけ ◆- 2011/04/23(土) 10:46:47 URL [ 編集 ]
    やがて老齢と経験が手をたずさえて、彼を死へと導いてゆく。その時彼は覚(さと)らされるのだ。
    あのように長いあのように苦しかった精神であったのに、自分の生涯はみんな間違っていたのだ、と

    ───ゲーテ 「詩と真実」より


    自殺という選択も後悔するのかな?
  23. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 11:22:01 URL [ 編集 ]
    >>また、サインした後でもキャンセルを認めるなら
    時間的猶予があるというのは眠るときまでサインし続けるようなものなのでは?そうなると正気でいられるかどうかも怪しい
    理性的な人間でもキャンセルしてしまうんじゃないだろうか 」


    サインしたあと死ぬまで時間的猶予があるので、自分の判断を悩むかもしれません。しかし、この時間的猶予は冷静に自己の死について考えられる。本能の介入を許さず、理性で判断できる
    そして、死ぬと判断を下せば本能の介入を避けて自殺できる


    >>それは、容易く死ねるでしょうが、似ていないと思います
    サインという自身の決断がないのですから 」

    ですね。語弊がありました。物理的な意味での死は容易いというニュアンスも持たせていたつもりなのですが、安楽死の参考にはなりませんでしたね…


    >>そんなことで容易いといえるのなら
    「あなたが何も知らず寝ている間に
    首にロープをつけて床を開けばあなたは容易く死ねる
    従って、首吊りは容易い」なんてことさえ言えるのではないでしょうか 」

    その通りです。しかし、この場合の首吊りは安楽死と言えるでしょう
    死に方が薬物と首吊りで異なるだけで、本質は安楽死です


    >>僕の主張は、多くの人にとって、安楽死のサインの困難さのレベルは首吊り並だと言うことです 」

    これは同意できません
    何故なら、安楽死のサインは理性で判断できる。本能の介入を極めて排除できる。
    首吊りの場合は、決断・踏み出す一歩までは理性で判断でき、サインと同じだが、踏み出す最後の一歩が難しい。最後の最後に強烈に生存本能が主張する。それを理性で抑え込まないといけない、だから首吊りは難しい

    >>通常の自殺(首吊り)に対する十分な知識のない人間の自殺は増えるだろう
    そういう人達に対して安楽死は善だろうが、
    安楽死を認めずとも、通常の自殺(首吊り)に対する十分な知識を教えることでその善はなせる 」

    上記と同じ理由により、同意できません。教育で本能は抑え込めないと思います


    >>自殺者が増えることは、生産の減少などによる功利減少を生じさせ
    また無条件安楽死制度自体、命を軽視する雰囲気や弱者福祉の軽視などによる功利減少も生じさせ
    社会全体の功利をおそらく減少させるだろう(おそらく社会における悪だ)と考える 」

    確かに国民は「経済的な奴隷」という側面ももっています。なので自殺(国民の減少)はなるべく避けなければならない。しかし、人は自ら死を選ぶ権利を持っているはずです。そして現在はその権利は保障されていない
    自殺の難しさをいいことに、過労死するまで働かされている
    現在の労働者は「経済的な奴隷」ではなく「奴隷」そのものの扱いをされている、安楽死を認めることは彼らの救済であり、唯一の抵抗手段である。
    即ち、安楽死を認めないことこそが、「命を軽視する雰囲気や弱者福祉の軽視」であると言える

    utilitackeyさんの言う「社会」とは権力者や社会的強者のみでしょうか?
    utilitackeyさんの言う「功利」はGDP等の目に見えるものだけでしょうか?


    >>争点は、通常の自殺に関する十分な知識を持っていても、
    首吊りよりサインが容易いと考えるような人はどれくらいいるのかだ 」


    「一人での首吊り」と「安楽死」は生存本能をどこまで排除出来るかの違いがある
    頭で理解することと、実際に行動に移すことは難易度に大きな違いがある。
    安楽死は理性で死を決意するか判断でき、本能の抵抗を最小限にできる

    首吊りは理性で判断したのち本能にも打ち勝たなくてはならない
    明らかに安楽死の方が冷静に、自身の功利を考慮して理性的に判断できる。

    安楽死=理性で判断
    首吊り=理性で判断+本能を無理やり抑える必要がある
    どちらが容易か一目瞭然です
    そして、生存本能は個人差があり首を吊れない人は最後まで出来ないだろう
    国民全員が理性で死ぬと判断したら、無駄な苦しみを味わわず生涯に幕を下ろせる社会こそが「善」な社会ではないでしょうか?




  24. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 11:30:09 URL [ 編集 ]
    余談ですが、首吊りで自殺する場合
    今は自重で骨を折るよりも、頸動脈圧迫して失神する方式が多いですよ

    そして首吊りは足を浮かさなくても、座ったままできます

    苦痛が無くても、なかなか自らで死ぬことは難しいですよ…

    俺は寝てる間に殺してもらえるのが、一番ありがたいです
  25. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/23(土) 12:56:34 URL [ 編集 ]
    >>23
    後悔する自分を消すのが自殺なのだから
    自殺は後悔しようがないだろう
    (…サインしてから後悔するのかなってこと?)

    >>24
    首吊りの怖さ加減と安楽死の怖さ加減の比較が焦点だから
    以降、混乱を避けるため便宜的に僕も首吊りが怖いと思ってることにして書く

    ②最後の一歩の怖さ(苦・困難さ)とサインの怖さ
    地獄仏さんは、最後の一歩の怖さは想像できているが、
    サインの怖さ(あるいは眠る怖さ)をちゃんと想像出来ていないと思う

    サインなら怖くないというなら
    デスノートで死ぬのも怖くないということになるのだろうか
    眠るのなら怖くないというなら
    練炭焚いて眠るのも怖くないということになるのだろうか

    サインそれ自体は怖いものではない
    眠ることそれ自体も怖いものではない
    最後の一歩それ自体も怖いわけではない
    「死の決断」が怖いのだ(自らで死ぬことは難しい)

    >安楽死=理性で判断
    >首吊り=理性で判断+本能を無理やり抑える必要がある
    最後の一歩もサインも眠るのも
    「死の決断」に対する恐怖という本能を無理やり抑えなければできない
    地獄仏さんの言う「本能」は一体何を意味しているのか…
    バンジージャンプやジェストコースターに対する恐怖のようなものを指してるの?

    ③無条件安楽死制度の社会における善悪(社会の功利の増減)
    >現在はその権利は保障されていない
    ②の立場からいって保障されている
    通常の自殺は安楽死より難しいと思っているから自殺できない人には
    通常の自殺の十分な知識を教えればそれで足りる
    >「社会」とは権力者や社会的強者のみでしょうか?
    >「功利」はGDP等の目に見えるものだけでしょうか?
    そんなわけないから、
    「自殺志願者の功利を大して増加させないのに比してその弊害が大きいので無条件安楽死制度は社会における悪であろう」という書き方をしてる

    このように、僕と地獄仏さんの③における結論の違いは②の結論の違いから来ているのだから
    ②に絞って議論するべきだ

    >余談ですが、首吊りで自殺する場合
    >今は自重で骨を折るよりも、頸動脈圧迫して失神する方式が多いですよ
    僕にはどうしてそんな不確実で
    苦しみが長い方法を取るのかがわからない
    睡眠薬飲んでみたり、手首切ってみたり、、
    練炭焚いてみたり、電車に飛び込んでみたり…
    精神衰弱によるものなら仕方がないが、
    理性的な自殺としてそれをやっているなら理解し難い
  26. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/23(土) 13:50:52 URL [ 編集 ]
    自分で②に絞れと言っておきながら
    ③について考えたことを書く
    とりあえず今は余談だと思って読んで欲しい

    安楽死センターを開設し
    安楽死を希望してきたものに
    カウンセリングなど精神科の診断を受けさせ
    病気であるなら治療し
    病気でないなら
    生活保護や職の斡旋、趣味や遊びの紹介など
    社会としてしてあげれることを示し
    それでも自殺するというなら
    楽に死ねる薬物を与え
    その場で自分で自身に投与することを認める
    (寝てる間に注入するでも別にいいけど、
    そんなことしても自殺者の負担は減らないと思うから
    医者の精神的な負担が増える分よろしくないと思う)

    こういう制度ならむしろ自殺者は減るだろうし
    福祉の効率化も期待でき
    社会において善である制度として機能するだろう

    問題は、自殺を見過ごすことが出来ない自称いい人達によって
    この制度が採用できないか、あるいは採用できたとしても、
    「社会としてしてあげられること」が過度に肥大化していき福祉と自由のバランスを失い
    全体の功利を減少させてしまう可能性が高いことだな
    (社会において悪である制度に変わってしまう可能性が高い)
    従って、この制度は「自称いい人達」を減らさないととるべきでないだろう

    「自称いい人達」のせいで最善策がとれない…
    なんとも皮肉なことだが、
    そういうのを発見するのが性格の悪い僕の喜びだったりする
  27. 名前: ほうのすけ ◆- 2011/04/23(土) 14:19:14 URL [ 編集 ]
    自殺で後悔しないならなぜ人間は自殺を選択しないのだ?


    シェイクスピアもゲーテもこの世は喜劇より悲劇が多いと言っているし、多くの宗教も同じことを説いている。また宗教は、前世の罪を償う為だの、修行の場だの最もらしいことで人間が悲劇のこの世に存在する行為を肯定している。

    しかし、自殺を否定はしていない。

    新旧どちらの聖書にも書かれてはおらず、神父などが勝手な道徳観や中世からの慣例で自殺を悪としているにすぎない。
    仏教世界ではむしろ自爆が英雄視されることすらある。


    本当は一切禁止されておらず、また罰することもないのに(キリスト教は牧師が間違ってる)、なぜ人間は自殺を選択しないの?
    どんなに手軽になったところで、この世の悲劇の多さを理解している過半数が、自殺を選択することなどないのは明確だ。

    なぜだ?
  28. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 14:52:56 URL [ 編集 ]
    ②の条件の解釈の違いが全体の答えの相違になっているのは理解しています。
    俺が②の条件をutilitackeyさんの視点から論ずれば
    >「社会」とは権力者や社会的強者のみでしょうか?
    >「功利」はGDP等の目に見えるものだけでしょうか?
    と言わざるを得ない
    逆説的に「社会」とは~の例えにutilitackeyさんが納得できないのであれば、utilitackeyさんの②の見解は間違っていると言える

    しかし、安楽死と首吊りの難易度が同じで、無条件安楽死を認めても功利が増加しないという意見なら、この限りではないが

    なので②に焦点を当てて議論するのは、俺も同意見です

    ②でutilitackeyさんは首吊りとサインを同じ難易度だと言っている
    俺はサインの方が容易いと言っている


    >>サインなら怖くないというなら
    デスノートで死ぬのも怖くないということになるのだろうか
    眠るのなら怖くないというなら
    練炭焚いて眠るのも怖くないということになるのだろうか」


    デスノートの場合、自ら書くのなら首吊りで、他人が書くのなら安楽死と同じです。
    練炭焚くのは首吊りと同じです

    >>サインそれ自体は怖いものではない
    眠ることそれ自体も怖いものではない 」

    同意します

    >>最後の一歩それ自体も怖いわけではない
    これは違う。最後の一歩(本能に打ち勝つ)こそが怖いのです
    本能に勝つのが容易いのなら、首吊りなんて面倒なことしないでも吐いた息吸わなければいいのです
    なら何故、首を吊るのか?
    それは首吊りなら本能に勝つのが一瞬でいいからです。踏み出す一歩が本能を理性が上回ればいい
    つまり、utilitackeyさんが自殺する場合首を吊ると言った時点で、暗に本能の厄介さを認めていることになる。
    しかし、utilitackeyさんは多くの人が一瞬なら本能に勝てると仰います。
    俺は無理だと言う
    だから、多くの人が本能に勝てるように、他人の力(安楽死)を借りれる社会にするべきだと言います

    一年間の自殺者と自殺未遂者どちらが多いだろうか?
    自殺未遂者はみんな馬鹿で理性を失っているのだろうか?


    >>最後の一歩もサインも眠るのも
    「死の決断」に対する恐怖という本能を無理やり抑えなければできない
    地獄仏さんの言う「本能」は一体何を意味しているのか…
    バンジージャンプやジェストコースターに対する恐怖のようなものを指してるの? 」


    「死の決断」に対する恐怖は、死を意識した時にすでに理性で打ち負かしている。だが死の瞬間の生存本能は多くの人が他人の力を借りないと克服できない
    死を願う人でも、バンジージャンプは出来るだろうがヒモなしバンジーは出来ない人が多いだろう
    どちらも行為は同じで、地面に届くか届かないかの差ですが


    utilitackeyさんは
    サイン=踏み出す一歩
    としているが
    俺は
    サイン=縄を結ぶ行為
    としています

    首吊りの場合は、縄を結んで、踏み出さないといけない
    サインの場合は、縄を結ぶだけでいい


    >>僕にはどうしてそんな不確実で
    苦しみが長い方法を取るのかがわからない
    睡眠薬飲んでみたり、手首切ってみたり、、
    練炭焚いてみたり、電車に飛び込んでみたり…
    精神衰弱によるものなら仕方がないが、
    理性的な自殺としてそれをやっているなら理解し難い」


    それは、死ぬのが怖いからです。死にたくても死ぬのは怖いんです
    ケーキが食べたいから、食べる。 とはわけが違う
    多くの自殺者は何度も自殺未遂を繰り返してやっと死ねるんです
    一発で死ねる人の方が少数だと思う
    首吊りで頸動脈を圧迫する方法が多いのも、場所を選ばないのもあるのでしょうが、「死」の前に失神があり、意識が無くなってから死ねるから頸動脈圧迫して死ぬんです
    これをすれば明らかに死ぬな!って方法は、いくら死にたくてもなかなかできない
    切腹だって他人に介錯してもらいます
    皆が一人で死ねるなら、腹裂いた後自分で首も切ればいいはずです
    (切腹は文化もあるでしょうが…)

    だから自殺者は不確実な方法を取ってでも、死の瞬間をボカすんです
    むしろ、不確実な方法だから実際に実行できると言える

    一人で死ぬのはそれほど難しい
    だから安楽死を求めます

  29. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 15:08:58 URL [ 編集 ]
    >>27
    全くその通りだと思います

    安楽死を肯定する俺がこんなとこいっては矛盾しますが
    俺は市場原理主義者なので福祉なんて縮小すればいいと思っています

    福祉なんて必要最低限でいい、生きれない奴は助けなくていいと思う
    そのために自殺を簡単にするべきだ

    今は福祉が過大になり、本来一人で生きていける・能力のある人が犠牲になっている

    老人や狡賢い奴らに若者が殺されている

    おかしな社会だと思う
    生きるべき人が死に
    死ぬべき人が生き残る
  30. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/23(土) 15:48:56 URL [ 編集 ]
    >>29
    >自殺未遂者はみんな馬鹿で理性を失っているのだろうか?
    僕は馬鹿か「あるいは」神経衰弱(病気)だと言っている
    地獄仏さんはその時神経衰弱状態だったんだろう

    >「死の決断」に対する恐怖は、死を意識した時にすでに理性で打ち負かしている。
    >だが死の瞬間の生存本能は多くの人が他人の力を借りないと克服できない
    死の決断に対する恐怖を生存本能と呼ぶのでは?
    地獄仏さんのいう生存本能の意味がわからない

    >死を願う人でも、バンジージャンプは出来るだろうがヒモなしバンジーは出来ない人が多いだろう
    バンジーは「死の決断」でなく紐なしバンジーは「死の決断」だからだ
    言い換えれば、バンジーは生存本能に反せず、紐なしバンジーは生存本能に反する身体
    バンジーのように生存本能に反するとでも言うならまだわかるが…
    ますます地獄仏さんのいう生存本能の意味が分からない

    >サイン=縄を結ぶ行為
    サインした後にキャンセルできると思うからそういう発想になるのか?
    それならキャンセルせず眠る行為と最後の一歩を比較すべきだ

    >多くの自殺者は何度も自殺未遂を繰り返してやっと死ねるんです
    そんなことはないと思う(そんな人もいるだろうが知識のある理性的な自殺者は一発で死ぬだろう)
    >頸動脈を圧迫する方法
    失神するまで苦しい
    >腹裂いた後自分で首も切ればいいはずです
    力も入らないだろうし、それは物理的に難しい

    >一人で死ぬのはそれほど難しい
    >だから安楽死を求めます
    地獄仏さんの言う、本能的な困難さは
    「自分で決断することの恐怖」でなく
    「自分で手を下すことの恐怖」ということでいいのだろうか…

    首吊りでも僕が後ろから押す係をすれば怖さが減るというんだろう
    ロボットが後ろから押す係をすれば怖さが減るというんだろうだろう
    (ピタゴラスイッチなら怖さは減らないそうだが)
    デスノートに自分で書くのと僕に書かせるのと何が違うのか…
    いずれの場合においても、他殺でない以上
    あなたは途中で止めるという選択肢を持っている
    最後まで止めないという選択をしなければならないのはあなただ
    その選択と最後の一歩と何が違うというのか…
    本当にそれで死の瞬間がぼかせているのか?
    人(あるいはロボット)にやってもらう方がいいというのは何か別の理由から来てるんじゃないか?

    >むしろ、不確実な方法だから実際に実行できると言える
    理性的で精神が安定してる人間なら
    不確実な方法など恐ろしくてとれない
    苦しんだだけで無駄に終わるかもしれない、
    障碍が残って苦しみが続くかもしれない
    そんな行為を取るのは馬鹿かあるいは神経衰弱状態の人間だけだろう

    僕はもう>>26で大概の人に
    安楽死も通常の自殺と変わらないということを説得できると思ってる
    >>28はあまりに突込みどころが多い
  31. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/23(土) 15:53:42 URL [ 編集 ]
    >>30
    >今は福祉が過大になり、本来一人で生きていける・能力のある人が犠牲になっている
    そうかもしれない
    それを前提にすれば自殺者を増やすことがむしろ社会における善になるね
  32. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 15:57:53 URL [ 編集 ]
    すれ違いですが、すこし愚痴書きます
    俺は今の日本はおかしいと思う

    権力者である老人たちは自分のことしか考えていない
    政府も経団連も日本を潰しにかかってると思う

    経済は一部の稼ぐ人たちがみなを助けてる
    稼げば稼ぐほど金を取られる
    政治家がやっていることはそのお金をどう使うか?だが
    実際にお金を稼いでる人や未来ある子供達の為ではなく
    老人達(力がある・票をもっている・社会的権力がある)のことしか考えていない

    例えば、年金は賦課方式で、今の老人は払った以上にもらっている
    80年代からそうなることは分かっていた。 なんで誰も変更しない?

    たとえばTPP なんで日本国内の失業率があがり、職が無い人が増えてるのに出稼ぎの外国人を増やそうとする?
    それは外人の方が安価だから、国民を労働力・機械としかみていない

    目先の利益に囚われて市場をジャブジャブにした結果がこうなる
    世界的に一次産品の値段は上がり、原油価格もあがっているが、新興国にお金渡すようなことしたのは誰だ?

    俺はこれから日本でまともな生活をしようとすれば所謂ゴールドカラーぐらいしかないと考えているが、そんな社会は嫌だ
    今の資本主義はおかしいと思う
    金転がしている奴らが大金をつかみ、真に社会貢献している人たちが生活できなくなる

    今、なにかしようとすれば(起業、経営)老人のちんぽ舐めしないといけない 彼らが真に実力あるわけじゃないのに

    政治は俺達の納めたお金をどう使うか 話す場所なのにみんな興味がない。自分が一生懸命稼いだ金なのに何故だ?

    思うに、今の労働者はそんなこと気にする事が出来ないほど疲労しているんだろう

    リアルで政治・経済に文句を言えば異常者扱いさせる
    それも味方であるはずの若者にも


    労働者達は徹底的に足元みられてる
    そして労働者同士で足を引っ張り合っていると思う


    今回の地震、原発の政府の対応をみるとわかると思う
    今の日本はおかしい
    物質的には豊かだが、それしかない

    だから安楽死ぐらい認めるべきだと思う

    こんなことリアルは一部の人にしか言えないし、ネットで言うとニート乙といわれるが
  33. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/23(土) 16:00:52 URL [ 編集 ]
    >>28
    >本当は一切禁止されておらず、また罰することもないのに(キリスト教は牧師が間違ってる)、なぜ人間は自殺を選択しないの?
    >どんなに手軽になったところで、この世の悲劇の多さを理解している過半数が、自殺を選択することなどないのは明確だ。
    >なぜだ?
    僕のような、自分の人生についてだけは楽観的な馬鹿がたくさんいる
    僕のような、明日できることは明日するタイプの怠け者がたくさんいる
    一時の恐怖を克服できない怖がりがたくさんいる
    …こんなところかな
  34. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 16:29:05 URL [ 編集 ]
    >>31
    >>死の決断に対する恐怖を生存本能と呼ぶのでは?
    地獄仏さんのいう生存本能の意味がわからない 」

    死の決断に対する恐怖も生存本能でしょう
    首吊りで一歩を踏み出す、首に包丁を突き刺す
    どちらも、準備までは理性で本能を殺せるが、最後の一瞬は無意識に体が抵抗する その体の抵抗に理性で勝つのが難しい

    >>言い換えれば、バンジーは生存本能に反せず、紐なしバンジーは生存本能に反する身体 」

    バンジーのスリルは生存本能によるものでしょう
    死なずに死の恐怖を味わえる。だから楽しい

    >>>サイン=縄を結ぶ行為
    サインした後にキャンセルできると思うからそういう発想になるのか? 」

    安楽死は他人に「殺してもらえる」からこういう発想になります

    >>>頸動脈を圧迫する方法
    失神するまで苦しい 」

    やれば分かりますが、苦痛はそれほどありません。少なくとも死のうとしてる人なら無視できる苦痛です


    >>>腹裂いた後自分で首も切ればいいはずです
    力も入らないだろうし、それは物理的に難しい」

    なら最初から首をきればいい。 介錯があることの反論になっていない

    >>地獄仏さんの言う、本能的な困難さは
    「自分で決断することの恐怖」でなく
    「自分で手を下すことの恐怖」ということでいいのだろうか… 」

    そうです。最後の瞬間が難しい

    >>いずれの場合においても、他殺でない以上
    あなたは途中で止めるという選択肢を持っている
    最後まで止めないという選択をしなければならないのはあなただ 」

    便宜上、安楽死を「他殺」とします。
    一人で最後までやり遂げる(自ら死に向かう)のと
    殺してもらう(やってくる死を途中で止めない)
    の難しさは同じではない


    >>理性的で精神が安定してる人間なら
    不確実な方法など恐ろしくてとれない 」

    まず「精神が安定してる」とはどういう状態か?という疑問は残りますが、自殺なんてまともな精神状態で出来る人はごく少数だと思う
    病苦で自身の未来が分かっているのなら、淡々と死ねるでしょうが

    死を決意する時点で生を苦しいものだと認識している。
    そんな人がまともな精神状態でいられるわけがない
    (突発的な自殺ではないと仮定しても)

    鬱がひどくなる・生に苦しみすぎると、逆に自殺できなくなるというのはご存知ですか?
    ある程度回復してやっと自殺できる行動力が手に入る

    utilitackeyさんは死を願うのはどのような人か?という視点が欠落しているのではありませんか?

  35. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 16:53:34 URL [ 編集 ]
    なかなか本能的な恐怖を説明するのは難しいですが…

    ところで、utilitackeyさんはバイクに乗ったことありますか?

    乗ったことあるとして300キロ出したことはないと無いとして話進めます

    今のリッタースポーツバイクなら300キロ簡単にだせます(メーターは299で止まりますが…そして誤差もある。車でメーター読み300以上出した時、GPSは285前後でした)
    俺がバイクと装備用意して、先に俺が300キロだしてみます
    場所は長いトンネルにします
    で、utilitackeyさんにバイクと装備わたします

    そこでutilitackeyさんは300キロだせますか?

    俺は無理だと思う
    300キロ出す必要がないと言われれば、それで終わる話ですが…

    行為的にはアクセル開けるだけです。今のバイクは性能もよく安定しているので

    でも、無理だと思う
    utilitackeyさんが頭でスロットル捻ろうと思っても右手は言う事聞かないでしょう

    それが本能のやっかいさです


    この本能は言葉では伝えられないと思います。
    実際に経験してみないと分からないです。
    自殺は経験できませんがw

  36. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/23(土) 18:04:32 URL [ 編集 ]
    >>35>>36
    バンジー的恐怖と死の恐怖をごちゃまぜにしてないか?
    (バンジーには落下の恐怖があるんであって死の恐怖はない
    あるならバンジーできる人は死の恐怖を理性で克服できるってことで
    多くの人が死の恐怖を理性で克服して死ねるってことになっちゃう)

    地獄仏さんこそ、
    「向かってくる死を止めない恐怖」を
    頭でしか理解していないんじゃないの?
    自分で首吊りできない人がそんなことできるの?
    サインして寝てる間に薬打たれるなら
    そんな人は寝る前に止めてしまうと思う
    そのときは首吊りと違って理性で本能を押さえ込めるの?
    実際に経験しなくてもこの恐怖は想像できるんじゃないか?

    結局、最後の一歩と同じく寝るという決断をするのは自分だ

    他人がしてくれるのがいいというが
    自分でタイマーをセットして
    寝ている間に薬が入るようにするという形なら、
    それは恐怖が大きく難しいというのだろうか
    寝てるんだから医者がやろうとタイマーがやろうと一緒だろう
    タイマーセットに恐怖を感じるとでもいうのか?
    タイマーセットとサインに一体どんな違いがあろうというのか…
  37. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/23(土) 19:04:33 URL [ 編集 ]
    >>37
    バンジーの落下の恐怖は、死の恐怖からきてるんじゃないですか?

    頭で理解したことと実際に行動に移すことの違いですが、
    バンジーって他人がなかなか飛べないと
    (何ビビってるんだよ…早く飛べよチキン野郎)って思っちゃいますが
    自分が飛ぶ番になると、準備してる時は、俺ならすぐ飛べるわwこんなの楽勝wwwとか思いますが、いざ飛ぶ瞬間になると、うわっ!こわっ!とかになってなかなか飛べないと思いますw


    >>地獄仏さんこそ、
    「向かってくる死を止めない恐怖」を
    頭でしか理解していないんじゃないの? 」

    その可能性は否定できないですが、大きな事故で(あ~これはもう死んだな…)って時は、覚悟できるんですよね…
    事故は拒否しても止めてくれないですが
    でも、明らかこれしたら死ぬだろう ってことを自らやっているのだから、…どうなんでしょう?
    やってくる死は受け入れられるのかな?

    >>そのときは首吊りと違って理性で本能を押さえ込めるの? 」

    首吊りよりはマシという意見です

    >>実際に経験しなくてもこの恐怖は想像できるんじゃないか?」

    想像できます。今実際に想像していてすごく苦しいですよw

    >>結局、最後の一歩と同じく寝るという決断をするのは自分だ 」

    それなら睡眠薬飲んでもいい。薬物を飲むのではなく睡眠薬というワンクッションを置くことで楽になる
    この場合睡眠薬と偽って薬物を渡してもらってもいいですが

    >>結局、最後の一歩と同じく寝るという決断をするのは自分だ」

    そうです。しかし「決断」は比較的理性で判断できる
    「行為」は理性の力だけでは難しい

    >>他人がしてくれるのがいいというが
    自分でタイマーをセットして
    寝ている間に薬が入るようにするという形なら、
    それは恐怖が大きく難しいというのだろうか 」

    寝てる間に勝手に死ぬようにするのは、首吊りに比べて楽にはなりますが、やはり他人の力を借りるのが一番楽です

    サインは書いてしまえば、あとは何もしなくていいというのが大きい
    サイン書いてあとは理性的で居てさえすればいい

    余談ですが、薬物(苦痛が少ない)を飲み込むってのも楽な方法だと思う。俺が夢の中で自殺する時はいつも何故か薬物を飲んでいますw

    そういや、昔ベネトリンって薬(液体)を飲んだ時は死ねなかったです
    体はなんともなかった…  量が足りなかったのかな?


    人の「甘さ」「弱さ」についてですが
    今のレーシングバイクはバイクがアクセルを勝手に開け足すことがあるんです(GPバイクですがホンダとか)それは何故か?

    サーキット走っていて、サーキットだから速く走りたい・アクセルは開けないといけないんですが、頭でアクセル開けないと!ブレーキポイントもっと遅らせれる!と分かっていても、体が言うこと聞かないんです

    サーキットは慣れると恐怖感は無くなるんですが、峠だと体が言うこと聞かないってのがより顕著になります

    自殺も同じです。頭で(理性で)理解していても、体が言うこと聞かないです

    これはもうutilitackeyさんに体験してもらうしかないです
    もともと産まれついて恐怖感を感じにくい人はいるみたいです
    実際にそうだとしか言えない友達知ってます
    utilitackeyさんも彼らと同じかもしれない







  38. 名前: 安楽死(仮) ◆- 2011/04/24(日) 03:49:57 URL [ 編集 ]
    大抵のことは地獄仏さんが言いましたが、安楽死の手法を限定的に考えていると思います。
    キャンセルすることが本能的に抑えられないなら、キャンセル不能選択肢を与えれば良い。
    寝るまでが長すぎるならすぐに薬を打ってもらう選択肢を与えれば良い(場合によっては薬を用意したままサイン、サイン後1秒足らず実行)。
    薬が嫌な方には他の手法を用意。
    などなど、色々な手法を用意して、人によって様々な、本能を抑えるために最も効果的な方法を選べるようにすればいつでも死ねる自由に最も近いものが実現できると思います。
  39. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/24(日) 07:11:38 URL [ 編集 ]
    >>39
    なるほどねー
    通常の自殺にも様々な手法があることを考えると
    安楽死制度は、その手法を増やすにすぎないわけだ
    つまり、死ねる自由の保障され具合が、今よりも大きくなる…
    そういう主張であれば、反論はない

    どれほど大きくなるか(どれくらい自殺できる人が増えるか)について
    争うことになるんだろう
    この点、人々が通常の自殺に関する知識を十分に持っているなら、
    大して増えやしないと答える
    (大して増えやしないのに社会における弊害は様々考えられる
    だから社会における悪であろう(③)って感じに僕の主張は流れていく)

    どうして大して増えやしないのか…
    キャンセル不能のサインをすることも
    すぐに薬を打ってもらうサインをすることも
    薬以外の方法で殺してもらうサインをすることも
    他のどんな安楽死の手法も
    結局のところ「死を決断する恐怖」を伴う
    自殺の本質的な恐怖はバンジー的恐怖ではなく
    この「死を決断する恐怖」にある
    安楽死によってもそれを小さくすることは出来ない
    それを小さくするということは、
    本人に決断させずに殺す(…普通の他殺)を意味しているわけで
    そんなことはできようがないのだ

    サインなら通常の自殺より簡単だろうというのは思い込みで
    よく考えみれば、あるいは実際にサインを前にすれば
    その思い込みは容易く崩れるだろう
  40. 名前: 地獄仏 ◆JalddpaA 2011/04/26(火) 13:18:13 URL [ 編集 ]
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%A0

    安楽死のスレに貼るのは適切ではないかもしれないが…

    何故人は自殺するのか考えるのも面白そうだ

  41. 名前: utilitackey ◆8WB1YSfE 2011/04/27(水) 09:35:26 URL [ 編集 ]
    自殺の是非4@哲学板
    http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/philo/1292264091/
    書きこんでみた

    >>41
    自殺の分類について…
    利他的自殺(集団本位的自殺)
    利己的自殺(自己本位的自殺)
    この二つの分類でいいと思う
    アノミー的自殺も宿命的自殺も利己的自殺の範疇だろう
    これは結局のところ自殺に限らず
    動物の判断原理たる欲求には
    利他的欲求(他者に対する善を目指すことで自己を満足させる欲求)と
    利己的欲求(それ以外の欲求)があるということだ
  42. 名前: Hentai Triff ◆qzaa7UEI 2012/02/26(日) 17:10:03 URL [ 編集 ]
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  43. 名前: Viagra levitra Cress ◆0J1vD2z6 2012/04/17(火) 17:27:17 URL [ 編集 ]
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  44. 名前: 2013/08/12(月) 08:45:08 URL [ 編集 ]
    承認待ちコメント
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